連載
九州観光列車の旅
第五章「二つの力」2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 十津川は一人でもう一度、品川警察署の小野警部に会った。
 会うと、小野警部の方からいきなり、
「十津川さん、亀井刑事にとって、まずいことが発見されましたよ」
 と言った。
「目撃者ならば、別に、驚きませんよ。亀井刑事によく似た人間を、誰かが、犯人に仕立てあげている訳ですから」
「いや、八月十日に、あのホテルで、亀井刑事の指紋が見つかったんですよ。それも、何点もです」
「そんなはずはありませんよ。実際に、亀井刑事は、八月十日には、問題のホテルに行っていないし、青森県人会にも、出ていませんからね」
 と、十津川が言った。
「ところが、問題の、県人会があった部屋ですが、そこに置かれた品物の中に、亀井刑事の指紋が見つかったんです。かなり薄くなってはいましたが、完全に当人の指紋です。私としても出来れば、亀井刑事は無実であって欲しいと思っていましたから、ショックを受けています」
 と言う。
「具体的に、何から、指紋が検出されたんですか?」
「ホテルの広間で、県人会があったんですが、その時に使った椅子、机などが、あります。その椅子と机のテーブルクロスから亀井刑事の指紋が発見されたんです」
 と、小野警部が言う。
「それは、信じられませんね」
「しかし、これは厳然たる、事実ですよ。確か亀井刑事は、あのホテルには一度も行っていないという話でしたが、それなら、ホテルの、テーブルクロスと椅子から、どうして亀井刑事の指紋が見つかったんですか?」
「今すぐ、亀井刑事に会えますか?」
「それは出来ません。上の方から、関係者、特に、十津川さんたちとは面会させるなと、きつく言われています」
 と言った。
 そこで、十津川は、井村弁護士に亀井刑事の説明を聞いて来て貰うことにした。井村弁護士に会えたのは二日後である。井村は、十津川にこんな話をした。
「指紋の件について、亀井刑事に、話を聞きました。最初は、そんなはずが、ないと怒っていましたが、ひょっとしたらあの時に指紋が、付いたのかもしれないと、言いましてね。可能性を一つだけ、私に教えてくれました」
「どんなことを、亀井刑事は言ったんですか?」
「犯人の命令で、八月十日の八時から十三時まで五時間、九州の特急列車に乗っていた。椅子に座り、テーブルに、手をついたりしていた。そのテーブルには、綺麗なテーブルクロスが、かかっていた。ですから、そのテーブルクロスには、間違いなく自分の指紋が付いているはずだ。それから、椅子の場合も、椅子自体を、すり替えてしまえば、椅子の指紋も東京のホテルに、持ち込むことが出来る。そんなことを、言っていました」
「他に、亀井刑事は、何か言っていませんでしたか?」
「テーブルクロスですが、他の座席にはテーブルクロスが、掛かっていなかったとしても、私は、最初に座った所からずっと動きませんでしたから、その座席だけ、テーブルクロスがはってあった。そういうことだって、考えられます。私は息子のことが心配で、テーブルのことや、あるいは、座っていた椅子のことなんかは、全く考えませんでしたから、ほとんど、覚えていないんですよ。亀井刑事は、そう言っていました」
「他に何か、言っていませんでしたか?」
「今も言ったように、あの時は、息子のことが心配で、ほとんど、周辺のことについては注意を払わなかった。だから、自分が、どう利用されていたかも分からないと、そう言っていました」
 それが井村弁護士の話だった。



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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