連載
九州観光列車の旅
第五章「二つの力」2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 七人目にぶつかったのが、東京の三鷹で、軽食の店を出している池山兄妹だった。
 二人の刑事が店に入っていくと、店の奥で猫の鳴き声がした。猫を抱いて現れたのは、妹の池山さとみだった。三十代で、抱えている猫は間違いなく、シンガプーラだった。子猫を十五万円で買ったという。
「猫がお好きなんですね」
 と、北条早苗が聞くと、池山さとみは、にっこりして、
「私も兄も、猫が好きなんです。珍しい猫が欲しいと思っていたら、近くのデパートでシンガプーラの子猫を売っていたので買いました」
 と言う。
「今、お兄さんはどこですか?」
 と聞いた。こちらで調べた所によれば、兄の名前は、池山琢也である。年齢は三十五歳。
「兄は旅行が、好きで、今旅行に出かけています」
「いつ頃、帰って来るんですか?」
「あと二週間くらいは、帰って来ないと思います」
「旅行先は、分かりますか?」
「大体のことは、分かりますけど、兄の旅行は気まぐれですから。日本のどこかにいることは確かですけど」
 と笑う。
「『山の会』というのを、ご存じですか。青森県出身者が作っている会なんですが」
「兄は入っているかもしれませんが、私は東京の生まれなので、青森の県人会には入っていません」
 そこで二人の刑事は、兄の池山琢也の写真を何枚か、借りることにした。そして、
「八月十日も、お兄さんは、旅行に出かけていたんですか?」
「そうですね。はっきりとは、覚えていませんが、八月十日頃も、旅行に出ていたかもしれません。ですから、店をやっていくのは私一人で、兄は全く、頼りにならないのです」
 さとみは言った。
「お兄さんも、猫が好きだと言いましたね」
「ええ」
「お兄さんも、シンガプーラを連れて旅行に行くことが、あるんですか?」
「あります。このシンガプーラを飼うんで、兄と二人で、お金を出し合いましたから。兄は半分は俺の物だと言って、旅行にも、連れて行ったりするんです」
 と、さとみが言った。
 二人の刑事は戻って来ると、調べる必要ありと、十津川に報告した。
 十津川は考えた。
 この事件を、片山総理夫妻の夫婦の間の、戦いと考えるのは、間違いで、片山信江夫人には、いろいろと、問題があるが、夫を総理大臣にしたい、そして総理大臣にしたという自負が、ある。問題は、夫の片山総理を後押しする「山の会」と、目的は同じだが、方法の違う、「鷹の羽会」の争いと、見るべきだろう。二つとも目的は、同じなのに、なぜ、方法が、違うのか。
「鷹の羽会」の方は、日本の政財界の大物たちが集まっていた。その中核は、青森県の政財界を牛耳っている総理夫人の周囲を守る人々である。彼らは、有力者を集めて「鷹の羽会」を作り、自分たちこそ、日本の政治経済を動かしているエリートだと思っている。
 したがって、自分たちの言うことを、そのまま総理は聞いてくれるものと考え、反対する総理に対して脅迫したり、逆に誉めたりして、自分たちこそ本当の総理の後援者だと思っているに違いない。
「山の会」の方は、少しばかり、事情が違っているだろう。こちらは、青森県の人たちの集まりというだけで、彼らは自分たちが総理大臣を作ったとは思っていない。総理大臣になった片山総理が「山の会」を、作ったからである。

【つづく】



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〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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