連載
明治維新直前に死んだ男たち
第一章 中井庄五郎を知っていますか2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 十津川村という田舎から京都に出てきた。京都はその頃、薩長、佐幕、勤皇が入り乱れて、日本の現代社会と同じだったのではないか。
 最先端の場所だった京都は、中井庄五郎にとって、珍しいものが、あふれていたのだ。
 若い中井庄五郎は、国内の動きはもちろん海外のことだって知りたがった。だから、坂本龍馬に質問を次々とぶつけていったに違いない。
「その時に坂本龍馬が偉かったのは、中井庄五郎を子供扱いせずに対等に付き合ったということなんです。中井庄五郎は、そのことがいちばん嬉しかったと書いています。たぶん坂本龍馬のほうも、純朴で、剣も強く、知識欲も旺盛な中井庄五郎が好きだったんじゃありませんかね。だから、自分の刀を彼にあげています。その時の坂本龍馬の手紙の写しがここにありますので、それをお見せしましょう」
 と、館長が、いってくれた。
 その手紙には、こうあった。
「一筆啓上仕候、益々御安泰可被成目出度奉在候、陳者(さて)此刀は我輩年来所蔵の品にて無銘に候得共、昨年後藤象二郎にも爲見候へは青江吉次と鑑定致候、兼(あわせ)て御貴殿任御嗜好相譲り申候、御佩用被成度余事拝顔万々申上候、恐惶謹言 八月十七日(慶應三年)

直柔(龍馬)

中井庄五郎殿」
 その手紙を読むと、坂本龍馬には、中井庄五郎が、可愛くて仕方がないように思える。私は、館長に聞いた。
「中井庄五郎が、もし二十一歳で死なずにそのまま生きていたら、どんな人物になったと思いますか?」
「そうですね」
 と、館長は、少し考えてから、
「日本一のテロリストですかね」
 と、いった。
 その言葉に、私は驚いた。全く想像していなかった、意外な返事だったからである。
「どうしてそう思うのですか?」
 と、私は、聞いてみた。そう聞かずにはいられなかったからである。
「多くの人が、中井庄五郎のことをこんなふうに書いているのですよ。もし、庄五郎が死なずにあのまま生きていたら、日本一のテロリストになっていただろうと」
「中井庄五郎は、坂本龍馬に私淑していたんでしょう? 第二の坂本龍馬にはならなかったんでしょうか?」
「そこまで中井庄五郎が、日本というものを、時代というものを深く考えていたとは思えないのです。たしかに坂本龍馬に憧れていましたが、それは坂本龍馬という人間が、好きなのであって、坂本龍馬がやっていたことを好きだったわけではありません。簡単にいえば、龍馬のマネをしていたんだと思いますね。中井庄五郎の京都での生き様を見ていると、勤皇の志士というよりも、酒を愛し、剣を愛し、時には酔って新撰組とケンカをする。その点は田舎者であり、自由人というか、自分の生きたいように生きた、そんな感じがするのです」
「しかし、中井庄五郎は、京都の御所の警備のために、同郷人と一緒に京都に来ていたのでしょう?」
「そうですが、十津川郷士としては、京都に自分たちが寝泊まりする場所を作っています。そこに泊っている間、夜、町に行って酒を飲んでいる。現実に新撰組とケンカをしていることが分かっているのです」
 と、館長が、いった。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
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第二章 十津川村と明治維新2
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第一章 中井庄五郎を知っていますか2
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