連載
明治維新直前に死んだ男たち
第二章 十津川村と明治維新 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「壬申の乱の時、十津川村の郷士たちは、大海人皇子の加勢をしたんですよ。ご存じのように、壬申の乱は、大海人皇子が勝利して、その後、第四〇代の天武天皇になっています。その時の戦功を賞めて、お歌を賜り、合わせて年貢を納めなくてもいいという沙汰があったのです。それで、一二〇〇年後の、明治の地租改正まで、十津川村は税金のない村だったのです。そのことを謳った歌碑なんですよ、これは」
「江戸時代も年貢を納めなくてよかったのですか?」
「何しろ江戸時代は、米が中心の時代です。土地を評価するにも何千石とか何万石とか、穫れるお米の量で数えていたわけですよ。その点、十津川村には平地がありませんから、お米が全く穫れないのです。ですから、江戸時代も十津川村は、年貢を納めなくてもいいということになっていました。その代わりというわけで、十津川村の人たちは、事があると、お礼に時の天皇に味方して戦い、天皇のために働いてきたのです」
「十津川村の人たちは、強かったのですか?」
 と、十津川が、聞いた。
「耕地がありませんからね。十津川村には、農民というのは、いなかったのです。ほとんどが山で獣を獲る猟師だったので、弓とか槍とかがうまくなりましてね。自分たちを農民ではなく、郷士と、呼んでいたのです。農民と侍の間ですかね。明治維新の時も、京都の御所が危ないというので、ぜひ御所の警護に当たらせてくださいと、毎日のように嘆願していたようです。それが受け入れられて、幕末には十津川村の三〇〇人くらいの郷士が交代で、京都御所の守護に当たっていました。そのことは、十津川村の人たちにとって大変名誉なことで、誇りであったと思われます」
「当時の天皇は、孝明天皇でしょう?」
「ええ、そうです」
「孝明天皇が、十津川郷士の警護を喜んでおられたという話を聞いたのですが、本当ですか?」
 と、亀井が、聞いた。
「ええ、本当です。京都ではその頃、会津、長州、薩摩といった藩の藩士たちが、御所の警護に当たっていたのですが、その時、孝明天皇が『十津川郷士が守護に当たっている夜は、一番安心して寝られる』といわれたということで、十津川郷士は、面目を保ったわけです」
「十津川郷士は、そんなに強かったのですか?」
 十津川が、聞くと、菅原は、笑って、
「そういうことじゃないのです。どちらかといえば、村が貧しかったですからね。御所の警護に当たっても、会津や長州、薩摩の侍たちのように優秀な武器は持っていませんでした。鉄砲にしても、大藩の藩士たちは新式の銃を持っていましたが、十津川郷士たちは、依然として種子島でしたからね。戦闘力でいえば、大藩の藩士たちのほうが圧倒的に強かったのです。それなのに、孝明天皇が十津川郷士のことを誉めたのは、当時の御所は、魑魅魍魎にあふれているといわれていましてね。守護に当たっている藩士たちや公家たちも勤皇、佐幕に分かれて暗黙の闘争をしていましたから、安心は、できなかったのです。会津藩と薩摩藩が、手を組んで、長州を追い落としたこともありますし、逆に長州と薩摩が手を組んで、会津を、追放しようとしたこともあります。それに合わせて、公家たちも勤皇、佐幕に分かれて、いろいろと企んでいましたから、孝明天皇は、ひと時も安心できなかった。十津川郷士の場合は、そうした考えはなくて、ひたすら天皇を守りたいという一念で、警護に当たっていましたから、それで孝明天皇は、安心されていたんですよ」
 と、いった。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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