連載
明治維新直前に死んだ男たち
第二章 十津川村と明治維新 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 十津川は、揺れるパトカーの中で、持ってきた十津川村の地図を広げた。とにかく日本で一番広い村なのである。そのため、地図の中で十津川村を五つに分けて紹介していた。
 北から谷瀬のつり橋を中心とした地域、ダムを中心とした地域、村役場を中心とした地域、玉木山を中心とした地域、そして五番目は、十津川温泉を中心とした地域である。その広い地域に人々がバラバラに住んでいる。中には、数家族だけの集落もある。
 そのため選挙になると、村全体を回って歩かなくてはならないので大変だという話を聞いたことがあった。
 谷瀬のつり橋というのは、一時、日本一にもなった長いつり橋のことである。現在は二位になってしまったが、それでも長くて高いらしい。最近、つり橋というのは観光目当てに作られるものだが、ここ十津川村の場合は、つり橋の先に何人かの家族が住んでいるので、観光のための橋ではなく、あくまでも生活のための橋なのである。地図には、そんなことも、書かれていた。
 村に入っていくと、山と谷と川の村だということが実感として分かってくる。見渡す限り田畑がない。村の中心の村役場でさえ、駐車場は谷に張り出した鉄筋コンクリート上に作られていた。
 パトカーを降りると、村役場の前に村民憲章という碑が建っている。亀井刑事が、それをカメラに収めた。

「私たちは歴史と伝統を大切にしましょう。
 私たちは美しい自然を守りましょう。
 私たちは郷土の文化を高めましょう。
 私たちは豊かな人情を育てましょう。
 私たちは仕事に誇りを持って働きましょう」

 それが村民憲章だった。
「ちょっと古風で、律儀な感じですね」
 と、亀井が、感想をいった。
 村役場では、村のことに詳しい市橋という六十歳の職員を紹介された。
 ここまで案内してくれた京都府警の菅原警部は、パトカーと一緒に帰ってしまい、村内のことは、市橋が、答えてくれることになった。
「まあ、ゆっくり食事をしてから、温泉に入って、その後、いろいろとご案内しますよ」
 市橋は、のんびりした口調で、いった。
 その後、村の車で、まず案内してくれたのは、十津川温泉だった。
 市橋が連れていってくれたのは、河川敷に作られた温泉と旅館、駐車場、ホテルが集まっている場所だった。ここも平地が少ないので、二つの川の合流地点に土を入れて造成したといわれている。そこには、十津川村の観光の建物が集まっていた。
 一番大きなものは、ホテルスバルである。
「温泉は例のかけ流しで、先日、日本全国のかけ流し温泉の代表者が集まって、ここで、会議をいたしました」
 と、市橋が、いった。
 和風のホテルで、収容人員は一二五人だという。そこで少し早めの夕食になった。自慢だという地酒が出されたが、十津川は、アルコールはあまり飲めない。その分、市橋と亀井刑事が飲んで二人とも少しばかり、酔っぱらってしまっている。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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