連載
明治維新直前に死んだ男たち
第二章 十津川村と明治維新 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「何といっても、これからは観光で生きていかなければなりません。だから、何とかしてお客さんを呼びたいのですが、何しろ、北からでも南からでも、ここまで来るには時間がかかってしまいますのでね」
 と、市橋が、いう。
「たしかに、大きな問題ですね。今日、私たちは京都から来たのですが、やはり時間がかかりました」
 と、亀井が、いった。
「そうでしょうね。私はね、観光の問題は時間と歴史だと思っているんですよ。歴史のほうは幸い、明治から一五〇年間で何とか十津川を売り出すことに成功したのですが、問題は時間のほうです。正直にいいますとね、ここで温泉サミットをやったとさっきいいましたが、やはり遠いということで、集まってくださったのは数カ所の温泉だけでした。時間的に遠いことは問題なんだなあと、つくづく思いましたね。でも、東京の刑事さんまでわざわざ来てくださったんだから、何とかなるとは思っていますがね」
 と、市橋が、いうのである。
 翌朝、十津川たちが食事をしていると、市橋が自分の軽自動車で迎えにきてくれた。
「よく眠れましたか?」
 と、市橋が、聞く。
「眠れましたよ。こんなに静かな朝を迎えたのは、生れて初めてです」
 と、十津川が、いった。
「川の音がうるさかったのではありませんか?」
「いや、川の音しか聞こえませんでした。一つの音しか聞こえないというのは、静けさと同じですよ。都会だとどうしてもいろいろな音が聞こえてきて、静けさにはならないのです」
 と、十津川が、いったが、今の気分をうまく説明できたかどうかは、あまり自信がなかった。
 ただ一言、東京とは違いますねといえば、済んでしまうのだろうが、それだけではどこか、この十津川村の雰囲気を表すことができないと思ったのである。
 市橋は笑っている。たぶん毎日毎日、こんな朝を迎えているのだろう。
 朝食を食べ終わって、ホテルを出る。朝霧が周囲を押し包んでいた。その白い霧でさえ、十津川には素晴らしい贈り物なのだが、市橋は、面倒くさそうに手を振って、
「まもなく晴れますからね。それまで我慢してください」
 と、いった。
 十津川たちが、軽自動車に乗る。
「どこをご案内しましょうか」
 と、聞かれて、
「そうですね。十津川らしいところを見せてください」
 と、亀井刑事が、いった。
「困ったな」
 と、市橋が、笑う。
「どこもかしこも十津川らしいですからね」
「十津川村の人たちが、自分たちは神武天皇を道案内した八咫烏の子孫だと信じているという話を聞きました。そのことを知った時、十津川村の人たちは、天皇が好きなんだなと思ったんですよ。天皇のために戦うといった、そんな物騒なことではなくて、ひたすら天皇のことが好きなんだなと思いましたが、今でもそうですか?」
「そうですね。ずっとその気持ちでいましたから」
 と、市橋が、いった。



〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき
第三章 奇は貴なり2
第三章 奇は貴なり
第二章 十津川村と明治維新2
第二章 十津川村と明治維新
第一章 中井庄五郎を知っていますか2
第一章 中井庄五郎を知っていますか