連載
明治維新直前に死んだ男たち
第二章 十津川村と明治維新 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「南北朝の頃も十津川村の人たちは、天皇のために、ひたすら働いていたように見えますね」
「そうですね。これまでの十津川の歴史で大きな事件というと、神武天皇の話は別にして、南北朝の頃と、明治維新の頃の二つでしょうね。村の中を歩くと、その二つの事件の記念碑がいっぱいありますから、まずはそれからご案内しましょう」
 と、いって、市橋は、アクセルを踏んだ。
 途端に車が揺れる。平地というものがないので、これから村の中を案内するといっても、まずは、坂を上がったり下ったりするのだ。
「南北朝というのは、応仁の乱のずっと前でしょう? あの頃、日本中が南朝と北朝に分かれて戦いました。十津川は、南朝のほうだったのですか?」
「後醍醐天皇と、そのお子さんの護良親王のために戦ったんです。それが結果的に南朝方の味方ということになったのですが、そういう意識は、あまりなかったのではないかと思いますね」
「どうして、後醍醐天皇と、子供の護良親王のために、十津川村の郷士は戦ったのですか?」
 十津川が、聞くと、
「そうですね。後醍醐天皇が、この十津川村を頼って京都からやって来られたから、一生懸命にお守りしたのです。護良親王も同じですよ。戦争があって、同じようにこの十津川村を頼って来られた。だから、お匿いして南朝のために御所を作り、そして、南朝のために戦ったのです」
「では、北朝の天皇が京都から見えて来られたら、十津川郷士は、その天皇のために戦いましたか?」
「ええ、おそらく戦ったと思いますね。この十津川村を頼ってこられたんですから」
 と、市橋が、いった。
「南朝、北朝というのがよく分からないのですが、南朝方というと楠木正成とか新田義貞ですよね?」
 と、亀井が、聞く。
「そうですよ。地方の侍と呼ばれていた人たちです」
「それで、最初は楠木正成とか新田義貞が擁した後醍醐天皇が勝利したんじゃなかったですか?」
「そうです。後醍醐天皇が実権を握ったのです。そして、建武の中興と呼ばれる時代を迎えたのです。天皇の親政ですね。ただ、それが長く続かなくて、足利尊氏は九州に逃げていたのですが、力を盛り返してきて、京都に攻め込んできました。そして今度は、南朝方が負けました。後醍醐天皇が隠岐に流されたり、護良親王が、この十津川村に落ちてこられたので、今もいったように護良親王を匿い、小さくて粗末なものですが、その御座所を作って、十津川の郷士たちが全員でお守りしたのです」
「ここが南帝陵です」
 市橋が教えてくれたところは、一つのお墓と、それを囲む木の枠があるだけだった。普通の墓と少しも変わらない小ささである。
 十津川村の人たちは、ここを昔から南帝陵、つまり、南朝の天皇の御陵だと名づけて、市橋の話では、この先に神社を作って、毎年一〇月一日には盛大な葬儀を実行してきたという。
「このお墓は、南朝の第九八代、長慶天皇のお墓です。長慶天皇の頃は北朝の力が強くて、長慶天皇は、この十津川の村で北朝方のために命を奪われました。村の人たちが、この近くを流れる十津川の川底から長慶天皇の御印を発見してここに南帝陵を築き、神社を作って、毎年お祀りし続けてきたのです」
 市橋は、何事もなかったかのように説明する。



〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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