連載
明治維新直前に死んだ男たち
第二章 十津川村と明治維新 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 ただ、都会から来た十津川は、その御所跡の石碑のある場所も、谷瀬のつり橋のある近くで、車では行くことができず、歩いていくのが、大変だった。
 南北朝時代の記念碑は、厳かなものばかりではなく、滑稽なものもあって、その一つを市橋が紹介してくれた。
 昔、川が流れていたが、今、その川が干上がってしまい、河原になってしまったところに史跡「腰抜田」の石碑が建っている。その石碑の説明である。
「南北朝の頃ですよ。ここには田んぼがありました。京都から護良親王が逃げてこられて、ここに差しかかった時に役人から錦の御旗を渡さなければ、ここを通さないといわれて、護良親王は仕方なく、錦の御旗を役人に渡したのです。その後、親王のお付きの武将が追いついてきましてね。その錦の御旗を見て怒り出して、役人をその河原に投げ飛ばしました。投げられた役人のほうは、腰を抜かしてしまったので、この名前があります」
 市橋は、笑いながら説明した。
 その後、一休みしてから、
「十津川村が自慢できるのは、今ご案内した南北朝の遺跡と、これからご案内する明治維新の時の遺跡です」
 と、市橋が、いった。
 十津川は、温泉ホテルが作ってくれた握り飯を食べながら、市橋の話を聞いた。
「幕末から明治維新にかけて、十津川村の人たちは、自分たちのことを十津川郷士としているのですが、彼等は、京都の騒乱を心配して、上洛して天皇、当時は孝明天皇ですが、天皇を、お守りしたいと、何回も願い出てやっと御所を守る役目を仰せつかって、大喜びしました。ただ、十津川村の人たちは根が単純ですから、騙されたり、早合点したりして、その頃は、いろいろとひどい目にも遭っています。つまり、幕末から明治維新にかけては、十津川郷士にとっては、勤皇の歴史でもあり、失敗の歴史でもあるのです」
 と、市橋が、いう。
「勤皇一筋に働いていたのなら、失敗ということはないのではありませんか?」
 と、十津川が、いうと、市橋は、
「一見そう見えるかもしれませんが、そうでもないのです。最大の失敗である天誅組の話を聞いてもらいます」
 と、いった。
 十津川も、天誅組という名前は知っていた。だが、その天誅組の真相が分からなかったし、それに、この十津川村が関係していることも知らなかった。



〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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