連載
明治維新直前に死んだ男たち
第二章 十津川村と明治維新2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura



「その後、十津川郷士は、どうなったのですか?」
「幸い、上平主税たちの尽力で、天誅組に加担した一五〇〇人は、天誅組から抜け出すことに成功しました。もちろん、その間、首謀者たちは何人も自刃しているわけですが、その間でも京都御所の守りには、常時、十津川郷士二〇〇人から三〇〇人が京都に詰めていました。その人たちを、京都の薩摩屋敷に招いて、歓待したのが、西郷隆盛です」
「どうして歓待したんですか? 人数は多いものの、薩摩や長州、会津などの大藩に比べれば、それほどの力は、なかったわけでしょう?」
 と、亀井が、いった。
「その通りですが、後になって考えると、西郷隆盛には、ある計画があったのではないかと思われます」
「どんな計画ですか?」
「西郷隆盛は、会津を滅ぼさなくてはならない。その背後にある徳川幕府を滅ぼさなくては、新しい日本は、生まれないと考えていました。当時、京都には孝明天皇がいたのですが、孝明天皇自身は長州や薩摩が嫌いで、むしろ徳川幕府が好きでした。したがって、孝明天皇が考えていたのは公武合体です。朝廷と幕府が手を組んで、新しい日本を作るということです。西郷隆盛は当然、それには、反対でした。ですから、何とかして徳川幕府を、攻め滅ぼしたい。しかし、この時代は、まだ、薩摩が事を起こすことは難しかった。そこで、十津川郷士たちを頻繁に薩摩屋敷に、招待しては、もてなしその十津川郷士たちを使って、京都や江戸で騒ぎを起こさせる。それを理由にして、薩摩が乗り出していって、幕府を滅ぼしてしまう。そういう計画でしたから、その後、江戸や京都、あるいは横浜で騒ぎが起こっています。これは全てとはいいませんが、西郷隆盛が計画し、各藩の浪人や十津川郷士たちを使って起こした騒ぎだと、思っています。ただ、薩摩藩邸に呼ばれて、薩摩藩の藩士やあるいは脱藩した勤皇の志士たちと話を交わすことに、十津川郷士の上平主税や中井庄五郎も、喜んでいたのです。何しろ、日本中の動きが分かるし、世界の動きも教えてもらえるからです。上平主税も中井庄五郎も、薩摩藩士や各藩の勤皇の志士たちと親しくなっていったのです。その中には、土佐の坂本龍馬や中岡慎太郎、あるいは長州藩の藩士たちとも親しくなっていったわけです」
「しかし、西郷隆盛は、後になってから十津川郷士たちを利用したわけでしょう? そのことに上平主税や中井庄五郎は、気がつかなかったんですかね」
 と、十津川が、聞いた。
「中井庄五郎は分かりません。何しろ、まだ一〇代でしたから、ただ剣が強いだけの若者だったのかもしれません。上平主税のほうは、すでにその頃三〇代で、十津川村では珍しい医者でしたから、世界の情勢にも通じていたし、薩摩藩や長州藩が何を考えているかは、薄々気がついていたと思いますね。それでも薩摩の西郷隆盛たちとケンカをしたという話は、全く聞こえてきません。喜んで薩摩藩邸に通っていたようです」
「それはなぜですか?」
「一言でいえば、十津川の貧しさだと思います」
 と、市橋が、いった。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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