連載
明治維新直前に死んだ男たち
第二章 十津川村と明治維新2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「よく分かりませんが」
「十津川の郷士たちは、自ら嘆願して、京都の御所の守りを引き受けていました。その頃は、長州藩も戻ってきていて、京都の守りを担っていたのは会津、長州、薩摩、そして、十津川郷士だったのですが、十津川は貧しいので、純粋なのはいいのですが、その武装がいかにも、貧弱だったといわれています。何しろ、京都御所の守衛ですからね。当然、守りに当たる侍たちも最新の武器が必要なわけです。会津や長州、薩摩など大藩の侍たちは、立派な武器を身につけ、特に最新の銃を持って警護に当たっていました。ところが、貧しい十津川では、そんな新しい銃は買えません。鎧なんかも古いものでした。銃に至っては種子島だったといわれています。代表の上平主税にしてみれば、自分たちの武装が貧弱なことが、口惜しくてたまらない。しかし、金が無い。そこで、薩摩に、何とかしてほしいと嘆願したのですよ。しかし、薩摩も、新しい銃などは、十津川郷士になかなか持たせてくれない。それで、何とか頼むためもあったし、薩摩藩の内情も知りたくて、しきりに、薩摩の藩邸に行っていたといわれています。薩摩のほうも、西郷隆盛の計画がありましたから、少しずつ新しい道具や銃を十津川郷士に用意してくれています。そんなこともあって、京都の薩摩藩邸は、西郷隆盛たちと、脱藩した勤皇の志士たち、十津川郷士たちの、集まりの場になっていたわけです。当時、薩摩藩邸には、坂本龍馬や中岡慎太郎たち土佐の浪人も来ていて、十津川郷士の、上平主税や中井庄五郎とも親しくなっていったといいます。中でも若い中井庄五郎は、土佐藩の浪人、坂本龍馬とも親しくなったといわれます」
「しかし、中井庄五郎は、まだ一〇代の若さでしょう? 勤皇の浪士や、西郷隆盛と会って、いったい何を学んでいたんでしょうか?」
 と、十津川が、聞いた。
「明治維新に活躍した十津川郷士というと、どうしても二〇代の後半から三〇代の上平主税とか、何人かが有名ですが、一〇代の中井庄五郎については、彼が何をしていたのかが、あまり分かっていないのです。ただ、いくつか分かっていることがあります。その一つが、京都にいる間に、おそらく退屈だったんでしょうね。当時の京都は今もいったように、騒乱の巷でした。勤皇の志士たちも、天誅と称して佐幕派の侍を殺すし、逆の勤皇方の浪士を斬るための新撰組が生れていました。若い頃の中井庄五郎は剣の達人で、特に居合の名人といわれていました。体も大きくて力も強かった。酒も好きだった。当時、土佐藩出身の那須盛馬という侍がいました。脱藩して京都で動いていたのですが、一時、新撰組に狙われて、十津川村に逃げてきていました。そこで、京都から帰ってきていた中井庄五郎と、知り合い、親しくなった。二人とも若いし、腕に自信がありましたからね。二人で上洛するわけです。慶応元年の三月だといわれています。中井庄五郎は、十九歳頃だと思いますね。京都に上がると、今もいったように、京都は動乱の巷です。勤皇の志士が暴れ、新撰組がそれをかき回す。そんな京都でしたが、中井庄五郎と那須盛馬の二人は若いし、腕が立つので、夜な夜な飲んでは京都四条の辺りを酔っぱらって大手を振って歩いていたそうです。慶応元年三月に三人連れの浪士とぶつかって、ケンカになりました。その時の相手は、新撰組の沖田総司、斎藤一、永倉新八の三人だったといわれています。三人とも腕の立つ侍ですよ。ケンカになり、簡単にいえば、チャンチャンバラバラが始まったんです。那須盛馬のほうは、左肩と左足を斬られて逃げ出したといわれていますが、それも仕方がないことだったと思いますね。何しろ、三対二で向こうのほうが多いし、沖田総司、斎藤一、永倉新八ですからね。しかし、中井庄五郎が逃げたという話はありません。それに、傷を負ったという話も聞いていません。ですから、結構対等に斬り合ったのではないかと思いますね。もう一つは、中井庄五郎が、殺しを頼まれたという話があります。これもたぶん、京都の薩摩藩邸で親しくなったと思うのですが、長州藩士の品川弥二郎に頼まれて人殺しをしているのです。品川弥二郎は、勤皇の志士としても有名ですが、同じ長州藩の村岡伊助の殺害を依頼されて、実行しています。なぜ、品川弥二郎が、中井庄五郎に殺しを依頼したのかは分かりませんが、その頃は、中井庄五郎が、居合の達人で、一人ぐらいは平気でやると知られていたからではないかと思うのですよ。京都四条での新撰組三人との武勇伝も品川弥二郎は知っていたのかもしれません」



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
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第三章 奇は貴なり2
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第二章 十津川村と明治維新2
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第一章 中井庄五郎を知っていますか2
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