連載
明治維新直前に死んだ男たち
第二章 十津川村と明治維新2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 翌日、市橋に会うと、十津川は、まず聞いた。
「私たちは明治維新というと、どうしても、坂本龍馬とか西郷隆盛とかを、考えてしまうのですが、明治維新の時に、この十津川村と関係した英雄として、第一に、名前が出てくるのは誰ですか?」
「十津川と関係のある人ですか?」
「そうです」
「そうですね。第一に思い浮かぶのは、孝明天皇かな」
 と、市橋が、いった。
 その名前は、十津川にとって、意外だった。たぶん、中井庄五郎の関係で坂本龍馬の名前が第一に浮かんでくるだろうと考えていたからだった。
「なぜ、孝明天皇なんですか?」
 と、十津川が、聞いた。
「あの頃、十津川郷士は、とにかく、京都に上って天皇をお守りしたいと願っていました。その時の天皇が孝明天皇です。当時、京都には長州、薩摩、会津の軍勢が京都の守護に当たっていました。しかし、彼らは、何とかして孝明天皇を利用しようとしていた。その点、純粋に京都と孝明天皇をお守りしようと考えていたのは、十津川郷士だけですよ。ですから、孝明天皇は、誰よりも十津川郷士のことを信用していらっしゃいました。十津川郷士は、いつまでも孝明天皇をお守りして、その無事を祈っていた。ところが、突然、孝明天皇は亡くなってしまったのです。あの頃、誰もかれもが、孝明天皇は暗殺されたと思っていました」
「誰が暗殺したんですか?」
「孝明天皇は、朝廷と幕府との公武合体を願っていましたからね。ところが、薩摩や長州は、何としても徳川幕府を倒そうと考えていました。彼らにとって、孝明天皇は邪魔な存在だったわけですよ」
「邪魔な存在だから、天皇を殺したのですか?」
「天皇崩御の知らせを受けた時、十津川郷士の誰もが孝明天皇は毒殺された。毒殺した犯人は、薩摩の大久保と公家の岩倉具視だと信じたといわれています」
「岩倉具視といったら、お公家さんでしょう? 本来、天皇に仕えるはずのお公家さんが、天皇を殺したのですか?」
「岩倉具視は、明治維新の最大の曲者ですよ。今でも孝明天皇は毒殺され、今いったように岩倉と大久保が犯人だという人が多いのです。孝明天皇は、薩長よりも徳川幕府のほうが好きだった。徳川幕府を倒すよりは、天皇と幕府で手を組んで、日本を再生しようと考えていた。だから、薩摩、長州とって孝明天皇は、邪魔な存在だったんです。このあと若い十六歳の明治天皇が位につけば、自分たちの思うようになりますからね」
 と、市橋は、続けて、
「あの時、日本で一番孝明天皇の死を悲しんだのは、この十津川村の郷士たちだった。私は、今でもそう信じていますし、孝明天皇が三〇代の若さで死ななければ、明治維新は、もっと緩やかに、何人もの人が死なずに完成したと信じているのです」
「二番目は誰ですか?」
 と、亀井が、聞いた。
「やはり坂本龍馬ですか?」
 と、十津川が続けて聞いた。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき
第三章 奇は貴なり2
第三章 奇は貴なり
第二章 十津川村と明治維新2
第二章 十津川村と明治維新
第一章 中井庄五郎を知っていますか2
第一章 中井庄五郎を知っていますか