連載
明治維新直前に死んだ男たち
第三章 奇は貴なり 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「少しばかり悲しくなってきたね」
 十津川が、亀井に、いった。
「どこがですか?」
 と、亀井が、聞く。
「たった四行だよ。四行で中井庄五郎の生れた時から死ぬまでが分かってしまう。それが悲しいんだ」
「二十一歳で死んだんだから、仕方がないでしょう」
 亀井が、いかにも、彼らしいいい方をした。
 その後、村長に挨拶しようとして、村役場に回ってみると、役場の周囲が、慌ただしかった。地元十津川村警察署の刑事も来ている。その刑事の一人に、
「どうしたんですか?」
 と、聞くと、
「昨夜、歴史資料館に賊が入りましてね。坂本龍馬から贈られた刀二本が盗まれたのです。今、その捜査の手配をしています」
 と、いう。
 村長に会って、詳しく話を聞くと、村長は、それほど、慌ててはいなかった。
「大変なことになりましたが、あの刀については、中井庄五郎に、坂本龍馬が与えた二振りの刀ということで有名になっていますから、盗んだ犯人も、あの刀を、売ることはできないでしょう。その点は安心しています」
 と、村長が、いった。
「たしか赤鞘の刀でしたね?」
 と、十津川が、聞いた。
「ええ、そうなんですよ。幕末の騒乱の頃、腕に自信のある侍は、わざと赤鞘の刀を差して、京都の街を闊歩したといわれています。おそらく中井庄五郎も、赤鞘の刀が気に入っていたのではないかと思いますね」
 と、村長が、いった。
 その時、村長の机の上の電話が鳴った。一瞬の緊張が走る。
 村長が、受話器を取った。
 相手が誰かは分からなかったが、村長が突然、
「何でもいいから、すぐに、その刀を返しなさい」
 と、大きな声でいったので、周りの人たちは、一斉に、村長の顔を見た。
 電話の相手が、歴史資料館から坂本龍馬が中井庄五郎に与えた刀二振りを盗んだ犯人だと確信したからだろう。
 十津川村警察署の署長も、じろりと村長を見ている。
 録音機を村長の電話に接続しておいた助役が、手を伸ばして、録音機のスイッチを入れた。
 その後、二、三分の間、電話が、繋がっていたが、電話が切れた後、村長が、録音機のスイッチを入れて、その場にいた人たちに、犯人と思われる男との会話を、聞かせてくれた。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
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第三章 奇は貴なり2
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第二章 十津川村と明治維新2
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第一章 中井庄五郎を知っていますか2
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