連載
明治維新直前に死んだ男たち
第三章 奇は貴なり 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「私は、十津川郷士、中井庄五郎という青年剣士が好きなんだ」
 と、男の声が、いう。若い男の声に聞こえた。
「とにかく盗んだ刀二振りを、すぐに返しなさい。君が持っていても仕方がないものなんだから」
 と、村長が、いっている。
「私は今もいったように、中井庄五郎のことを尊敬している。だから、彼に関するものなら何でも、集めたいんだ。第一に欲しいのは刀だ。中井庄五郎が若くして居合の達人だったというから、彼の刀がほしい。そこでまず昨夜、坂本龍馬から贈られたという刀二振りを、頂戴した。次は、彼が長州藩からもらった二振りの刀だ。歴史を読むと、中井庄五郎は、長州藩士、品川弥二郎に、頼まれ、長州藩士の中の裏切り者を、斬ってくれといわれて、斬り殺した上、その藩士が、持っていた密書を手に入れ、それを品川に、渡したといわれている。その手紙は、勤皇の志の強かった長州藩の藩士のはずなのに実際は、幕府に通じていたことを示す証拠の手紙だった。その礼として、長州藩侯から中井庄五郎に、刀二振りが、贈られたといわれている。その刀も欲しい。今、それがどこにあるのか教えてくれ」
「君のような盗人に、教えることはできない。とにかく、盗んだ坂本龍馬ゆかりの刀二振りを返しなさい」
「中井庄五郎が、長州藩侯から褒美にもらったという二振りの刀も、自分のものにしたい。そちらで、何とかして手に入れ、今から一カ月以内に、私に渡せ」
「何をいっているんだ。そんなバカなことができるわけがないだろう」
「そうか。それならば非常手段を取る」
「どうするんだ?」
「今ここにある、中井庄五郎が坂本龍馬からもらったという刀二振りを、海に沈めてしまう。そうすれば、十津川村にとっても、明治維新の歴史にとっても、大変な損失になるぞ」
「愚かなことは止めなさい。そんなことをしたら、君にとっても、大きな損失だろう。君も、中井庄五郎を、尊敬しているといった筈だ」
「だからこそ、何もかも集めたいんだ。それができなければ、中井庄五郎がもらった刀も海に捨ててしまう。オールオアナッシングだ。いいか、今から一カ月以内だぞ。一カ月経ったらまた電話する」

 それで、犯人と思われる男と村長との会話は終わっていた。
 その時、歴史資料館の館長が、村長に向って、
「いい忘れたんですが、あの刀に、添えてあった坂本龍馬の手紙ですが、それも、盗まれてしまいました」
「バカなことをいわないでくださいよ。さっき、ちゃんと、見ましたよ」
「あれは写しです。写真に撮って、それとすり替えていったんです」
 と、館長が、いった。
 館長が、資料館から持ってきたものを一見すると、展示されていた龍馬の手紙のように、見えるのだが、よく見ると、それは、巧妙に写真に写されたニセモノだった。
「あれがないと、問題の刀二振りが、坂本龍馬から中井庄五郎に贈られたという証拠が、なくなってしまいます」
 と、館長が、いった。
 たしかに、坂本龍馬の自筆の手紙がなければ、刀二振りが、龍馬から中井庄五郎に贈られたものだという証拠が消えてしまうだろう。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき
第三章 奇は貴なり2
第三章 奇は貴なり
第二章 十津川村と明治維新2
第二章 十津川村と明治維新
第一章 中井庄五郎を知っていますか2
第一章 中井庄五郎を知っていますか