連載
明治維新直前に死んだ男たち
第三章 奇は貴なり 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 十津川は、その手紙の文章を、覚えていた。漢文調だが、現代風に翻訳すれば、次のような手紙である。

「一筆啓上仕ります。ますますご活躍のことおめでとうございます。
 さて、この刀は私の年来の秘蔵品で、無銘ですが、昨年、後藤象二郎に見てもらったところ、青江吉次と鑑定されました。
 あなたにも似合う刀だと思いますので、お受け取り下さり、愛用してください。

慶應三年八月十七日
中井庄五郎殿
(龍馬)」


 それが、二振りの刀に添えられた坂本龍馬の手紙である。たしかに、この手紙がなくなってしまえば、この二振りが、坂本龍馬から中井庄五郎に、贈られた刀だという証拠がなくなってしまう。
 だからこそ、今回の犯人は、刀だけではなく、龍馬の手紙も、盗み取ってしまったのだろう。
「私は手紙の内容よりも、その手紙の日付のほうが気になりますね」
 と、亀井刑事が、いった。
「たしか手紙の日付は、慶応三年の八月一七日だよ。それが何か気になるのか?」
「同じ慶応三年の一一月一五日に、坂本龍馬は中岡慎太郎と一緒に、京都で惨殺されています。わずか三カ月後です」
「確かに、そうだね」
「それに、坂本龍馬は、慶応三年一一月一五日以前にも襲われていて、その時には、短銃を撃って逃げたといわれています。最期の時、近江屋で応戦した時も、刀を振るったのではなくて、短銃で、応戦したのではないかと思いますね。そうすると、坂本龍馬が中井庄五郎に贈った二振りの刀というのは、それまで、実際に坂本龍馬が腰に差していた刀で、今は、刀の時代ではない。短銃の時代だという考えがあって、自分が使っていた刀を、中井庄五郎に贈ったのではないかと、私には、そんなふうに、思えたんです」
 と、亀井が、いった。
「その点は、私も同感だ」
 と、十津川は、いってから、
「気が変わったよ。あと二日、十津川村に残って調べたいことがある。その後、京都に行こう」
 と、いった。
「何のためですか?」
「東京の三鷹で殺された梶本文也のことが気になるんだよ。梶本文也は、アマチュアの歴史研究家で、京都や奈良を旅して、中井庄五郎の存在に惹かれて研究していた。三十五歳と若かった」
「そういえば、今回、問題の刀二振りと、龍馬の手紙を盗んだ男の声も若かったですね。二〇代の後半から三〇代の前半ではないかと思いました。そうすると、殺された梶本文也と同年代くらいでしょうか?」
「それで今回の犯人も、どこかで、梶本文也と繋がっているのではないか? 梶本文也も今回の犯人も、中井庄五郎のことを知って好きになったといっていた。彼には、現代の若者を惹き付けるものがあるんだよ。だから、あと二日、十津川村に残って、なるべく多くの中井庄五郎に関する知識を得てから、彼が死んだ、京都に行ってみたいんだよ。そうすれば、どこかで今回の刀を盗んだ犯人に、会えるかもしれないし、梶本文也を殺した犯人にも、会えるかもしれないからね」
 と、十津川は、いった。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第三章 奇は貴なり2
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