連載
明治維新直前に死んだ男たち
第三章 奇は貴なり 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「たしかに彼の若さがあったからかもしれない。しかし、禁門の変で死んだ長州の久坂玄瑞は二十四歳だった。だから、若さだけじゃないんだ」
「それは、どういう意味ですか?」
「中井庄五郎のことを調べてみると、やたらと、剣に強かったことが強調されている。居合の達人だとか、酔って京都を徘徊し、新撰組の三人と斬り合ったとか、長州の品川弥二郎に頼まれて、裏切り者を暗殺したとか、そういう話ばかりだ。つまり、彼は、やたらに剣に強かったが、思想的にはそんなに高いものを持っていなかったのではないのか? 或いは苦手だった。勤皇の志士たちと付き合ってはいたが、リーダーになる要素は少なかった。もう一つ、中井庄五郎について、こんな言葉を聞いたことがある。庄五郎は居合の達人で、もし、二十一歳で死なずに生きていたら、土佐の岡田以蔵、薩摩の田中新兵衛と同じように、人斬りと恐れられた存在になっていただろう。そんな言葉を聞いたことがあるんだ」
「人斬りの達人ですか?」
「どうも中井庄五郎という男には、そうした血みたいなものが、生きていたんじゃないだろうか? もう一つ気になるのは、坂本龍馬から刀二振りを贈られているということだよ。なぜ、坂本龍馬が刀二振りを、わざわざ、中井庄五郎に贈ったのか、その理由がよく分からないんだ」
 と、十津川が、いった。
「若い庄五郎が可愛かったからじゃありませんか?」
「そうかもしれない。しかしだね、坂本龍馬については、こういう話がある。若い時、坂本龍馬は剣が強くなりたくて、江戸の千葉道場に通って剣を学んだ。しかし、そのうちに、もう刀の時代ではなくて、これからは拳銃の時代だと悟って、いつも拳銃を懐に入れて、刀を持たなくなった。そのうちに龍馬は、これからは短銃の時代でもない、そういって短銃を捨て、懐には万国公法という法律の本を入れていた。そういわれている坂本龍馬だよ。彼が中井庄五郎が好きだからといって、わざわざ刀を贈るはずがない」
「それでは、どうして坂本龍馬は、剣二振りをわざわざ中井庄五郎に贈ったのでしょうか?」
「つまり、それだけの理由があったからだ」
 と、十津川が、いった。
「それは、いったい何ですか?」
「たぶん中井庄五郎は、坂本龍馬の護衛をやっていたんだ。テレビドラマでは、岡田以蔵が坂本龍馬の護衛をやっていたように描かれているが、私は、その役を庄五郎がやっていたんじゃないかと思う。つまり、幕末の有名な人斬りとしては肥後の河上彦斎、薩摩の田中新兵衛、土佐の岡田以蔵が知られているが、土佐は岡田以蔵ではなくて、中井庄五郎だったのではないかと思っている。庄五郎の居合は超人的だった。龍馬は何回か、庄五郎の剣に助けられたことがあった。それで、この男には剣が一番似合う。そう思って、自分が使っていた愛用の剣を庄五郎に贈り、自分は短銃で身を守るようになったのではないだろうか?」
 と、十津川が、いった。
「そういえば、坂本龍馬と中岡慎太郎の二人が、京都の近江屋の二階で襲われた時、龍馬は、いきなり頭を斬られ、短銃を撃つ間もなく殺されたといわれて、龍馬が刀を持って戦ったという描写は、ありませんね。ですから、龍馬はその時、刀を持たず、短銃だけを持っていたのかもしれませんね」
 と、亀井が、いった。
「その前に襲われた時も、龍馬は短銃を撃って逃げているんだ。だから、龍馬は、自分としてはもう刀はいらない。そう思って、いらなくなった刀を、自分を何度も守ってくれた庄五郎に贈ったんだと思う」
「龍馬が殺された後、庄五郎は、龍馬を殺したのは新撰組だと思ってつけ狙い、同じ年の慶応三年一二月七日に天満屋に斬り込んだ庄五郎は、斬り込んですぐに彼の刀が折れ、そのために亡くなっています。その時に使った刀は、坂本龍馬にもらった刀だったのか長州藩侯から贈られた刀だったのか、それとも、いつも自分が使っていた刀だったのか、それを、知りたいですね」
「それを調べに、これから京都に行こう」
 と、十津川が、いった。



〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき
第三章 奇は貴なり2
第三章 奇は貴なり
第二章 十津川村と明治維新2
第二章 十津川村と明治維新
第一章 中井庄五郎を知っていますか2
第一章 中井庄五郎を知っていますか