連載
明治維新直前に死んだ男たち
第三章 奇は貴なり2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 とにかく斬り込んだのは十数人、双方で三〇人から四〇人という。その中でたった一人だけ死んだのが、中井庄五郎だということが、どうしても引っ掛かってくる。
「この時の斬り込みで、中井庄五郎は死んでいます。慶応三年一二月七日。二日後に明治維新ができ上がっています。文字通り、明治維新直前の死ですよ」
 と、亀井が、いった。
 この日、十津川は京都の日本旅館に泊まったものの、簡単には、東京の捜査本部に帰れなくなってしまった。調べれば調べるほど、中井庄五郎という若者のことが分からなくなってくるからである。
 四月二七日、三鷹市内のマンションで殺された梶本文也、三十五歳。この殺人事件の犯人を捕まえるためにも、梶本文也が憧れていた中井庄五郎のことを知らなければならない、そう思って、十津川は、京都と十津川村に行き、そしてまた、京都に、舞い戻ってきたのである。
 それなのに、中井庄五郎が何者なのか、まだ分からずにいる。このままでは、東京の捜査本部に戻っても、三上本部長に報告することができない。そう思うと、十津川は、京都から、動けなくなってしまったのである。
 四日間を京都の日本旅館で空しく過ごしている時、心配した亀井刑事が、十津川が寝ている部屋に入ってきて、
「大丈夫ですか?」
 と、聞いた。
「頭が痛い」
 と、十津川が、いった。
「毎日寝ていれば、頭も痛くなりますよ。気晴らしに、この旅館の周りを、歩いてきたらどうですか?」
「そういう気になれない」
「そうですか。それじゃあ、この雑誌を見てください」
 そういって、一冊の雑誌をポーンと十津川の枕元に置いて、亀井は、部屋を出ていってしまった。
 十津川は寝たまま手を伸ばして、その雑誌をつかんだ。
「歴史往来」という雑誌だった。どこかに中井庄五郎のことでも出ているのかと思い、ページを繰ってみたが、何も出ていない。
 巻末に「第四回歴史往来文学賞」受賞者決まると書いてあった。大きな活字で「奇は貴なり」とあって、そこに、添えてあった梶本文也という名前に、十津川はいっきに眠気を覚まされてしまった。
 三十五歳で殺された、あの梶本文也ではないのか?
 十津川は、急に目を大きく見開いて、受賞作に対する有名作家の講評を読んだ。そこには、こう書かれていた。
「この作品は、二一歳で死んだ十津川郷士中井庄五郎のことを書いたものである。中井庄五郎については、いかなる侍であったのか、いかに生き、いかに死んだかがよく分っていない。それがまた魅力でもある。今回、梶本文也と木下恵という二人の若いカップルが、想像力をいっぱいに働かせて、その実像に、迫っている。たぶん、ほとんどは、想像だろう。それにも拘わらず、ここに書かれている中井庄五郎は、紛れもなく中井庄五郎である」
 そう書かれていたが、どんな小説なのかは分からない。一カ月後に、この出版社から、単行本として出版されるとしか、書いてないからである。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき
第三章 奇は貴なり2
第三章 奇は貴なり
第二章 十津川村と明治維新2
第二章 十津川村と明治維新
第一章 中井庄五郎を知っていますか2
第一章 中井庄五郎を知っていますか