連載
明治維新直前に死んだ男たち
第三章 奇は貴なり2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 十津川は、急に起き上がり、隣の亀井刑事の部屋を覗いてみた。
 しかし、誰もいない。
「カメさん、どこだ?」
 と、大声で呼んだが、返事がなかった。
 仕方がないので、まず、顔を洗い、女将に会いに行き、
「私の連れの亀井は、どこに行きましたか?」
 と、聞いた。
「お連れさんなら、急に東京に行く。十津川さんが起きたら、今日中に、戻ってくると、伝えてください。そういって、急にでかけていかれたんですよ」
 女将は、亀井が残したというメモを、十津川に渡してくれた。
「警部が必要だと思うので、問題の小説のコピーを、作者の一人、木下恵さんにもらってきます。今日中に、帰ります」
 とだけ、書いてあった。
 十津川は、亀井の携帯に連絡してみようと思ったが、それはやめて、問題の出版社に、電話してみることにした。
 今回の当選作について聞きたいというと、相手は警戒をして、こちらが何者か教えてくれというので、十津川は、正直にいうことにした。
「私は、警視庁捜査一課の警部で十津川という者ですが、梶本文也という人が四月二七日に殺されましてね。その事件の捜査をしているのですが、梶本文也さんは、アマチュアの歴史研究会の人間で、中井庄五郎のことに興味を持って、調べているうちに、何者かに殺されたのです。それで、お聞きしたいのですが、ここに書かれている梶本文也という名前ですが、私が今いった梶本文也と、同一人物ですか?」
 と、聞いてみた。
 雑誌社の編集者も、十津川の言葉に驚いたらしい。
「そのことは、知りませんでしたが、梶本文也さんが亡くなっていることは、間違いありません。木下恵さんというのは、梶本文也さんの友人で、やはりアマチュアの歴史研究家で、同じように中井庄五郎に興味を持っていらっしゃった。梶本文也さんが一〇五枚書いた原稿を読んで、それにつけ足して、三五〇枚で、うちの歴史文学賞に応募されてきたんです。それがなかなか出来のいい作品なので、今回、受賞作ということにしました。今、十津川さんが話したことは、全く知りませんでした」
 そのあと、相手は、
「できれば一度、警部さんにお会いしたいですね」
 と、つけ加えた。
 十津川は一瞬、東京に行った亀井刑事のことを、話そうと思ったが、それはやめて、
「そうですね。こちらもぜひお会いしたい」
 とだけいって、電話を切った。
 気がつくと、まだ、真昼の時間だった。夜になってから、今度は、亀井のほうから、電話が入った。
「今、東京です。問題の小説の受賞者の一人、木下恵さんに会って、今、理由を話して原稿をコピーしてもらっています。それが済んだらすぐ、そちらに、帰ります」
 亀井が、旅館に戻ってきたのは、夜半近くになってからである。
 全体で三五〇枚の原稿は、今どきの若者らしくパソコンで打ってある。そのコピーを、亀井は、大事そうに、封筒に入れて持ち帰ってきた。
「カメさんは、もう読んだのか?」
 と、十津川が、聞いた。
「いや、読んでいません。帰りの新幹線の中で、読もうかと思いましたが、やめました」
「どうして?」
「変な先入観を、警部に、与えたくないと思ったからです。ですから、どんな小説なのか、私は知りません。とにかく、読んでみてください」
 と、亀井が、いった。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
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第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
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第三章 奇は貴なり2
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