連載
明治維新直前に死んだ男たち
第三章 奇は貴なり2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「次!」
 と、道場主の上杉長治が、叫ぶ。
 次に出てきたのは、同じく三歳年長の一五歳の少年だった。体が大きく力自慢で、木刀で打ち合うと、相手の木刀を、叩き折ってしまうことで、その怪力を称賛されている少年だった。彼も、前の少年と同じように、木刀を正眼に構えた。
 正五郎のほうはといえば、相変わらず、木刀を左手に持ち、腰に押さえつけるようにしている。刀を腰に差しているのと同じような、構えである。これでは、どう見ても、相手に後れを取る。正五郎の父親には、そうとしか、思えなかった。
 そして、同じように一五歳の少年は上段に構え、気合とともに、振り下ろした。
 一瞬、正五郎の父親は目を閉じた。
 だが、結果は前と同じだった。
 一五歳の少年は、同じように道場の羽目板に叩きつけられ、正五郎のほうは、右手一本で木刀を水平に払っていた。
 上杉長治は、正五郎の父親のところにやって来ると、
「どうですか、奇は貴なりの言葉、納得いきましたか?」
「あまりに早くて、見定めることが、できませんでした」
 正五郎の父親が、いった。
「落ち着いて、はっきり見れば、お分かりになる。このまま、ご子息と他の少年たちの試合を繰り返しても、結果は同じ。ご子息がこのあと、道場に来て稽古をする必要はありません」
「そうなると、今後、どうしたらいいんでしょうか?」
 父親が、不安になって、きいた。
「一七歳になったら、もう一度、いらっしゃい。その時に、これからどうしたらいいのかを、教えます」
 と、上杉長治が、いった。
 道場に通わなくなった正五郎は、相変わらず十津川郷の、険しい崖を駆け上ったり、急流で泳いだり、山を、駆け上ったりしていた。
 そして、満一七歳になった時、父親が、正五郎を道場に連れていくと、道場主の上杉長治は、一本の刀を取り出して、それを正五郎に渡した。
「これは、わが家に伝わる自慢の刀である。これを使えば、君は何をも恐れることはない。なぜなら、敵と相対して刀を構えて戦った時、君の刀は、敵のそれより、二寸、或いは三寸伸びて敵を倒すからだ」
 このあと、上杉長治は、こうつけ加えた。
「わが十津川郷は、後醍醐天皇の頃より、天皇に仕えて功績があった。今、京都は騒乱に見舞われ、御所は警護が必要である。十津川郷としては、百名から二百名の郷士を、京都に送る必要が生じるだろう。君は、それに応じても良し、応じずともいい。君の相を見るに、奇相である。君は、京都で多くの友人を手に入れるだろう。彼らは、天下国家を論じ、そのために、戦うこと、生死を賭けることを、いとわない。だが、君の相に、不思議にもそれが出ていない。君は、個人的な理由で生死を賭け、そのために死ぬことありと、出ている。まことに、奇は貴なりである、今の時代、友情のために、生死を賭ける若者は少なく、奇は貴なのだ──」

 そこまで読んで、十津川は、眼をあげた。
 主人公の名前が、中野正五郎になっているが、誰が考えても、中井庄五郎である。


「奇は貴なりか」
 と、十津川は、その言葉を口に出してみた。
 中井庄五郎は、そのために、二十一歳で死んでしまったのだろうか。
 それとも、二十一歳まで生きたのだろうか?

【つづく】



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第二章 十津川村と明治維新2
第二章 十津川村と明治維新
第一章 中井庄五郎を知っていますか2
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