連載
明治維新直前に死んだ男たち
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 この天誅組は、挙兵の翌八月十八日に、彼らの後ろ盾になっていた長州藩が、会津と薩摩両藩の策略によって賊軍とされ、京都から追われてしまい、天誅組も自然に賊軍にされてしまった。この時、天誅組に参加した十津川郷士の主な四人が、それぞれ賊徒として処刑されている。

 深瀬繁理 天誅組の挙兵に応じ、野崎主計と転戦。捕らえられて斬首。三十七歳。
 野崎主計 天誅組総裁 吉村虎太郎の呼びかけに応じ郷士を率いて参加。各地で戦うも政変によって賊徒とされると、その責任を取って自刃。四十歳。彼の死後五年で明治維新と成り、天誅組は義挙と改められた。
 (辞世)討つ人も討たるる人も心せよ
     同じ御国の御民なりせば
 玉堀為之進 天誅組に援兵を求められた十津川は、即刻これに応じたが、庄屋だった玉堀は、慎重論を唱えたため、同志によって斬首された。五十三歳。
 (辞世)国の為 仇なす心なきものを
     仇となりしは恨みなりける

 天誅組が賊軍にされずに、この人たちが明治維新まで生きていたら、維新の功労者になっていたはずである。
 したがって、この事件が十津川郷士たちに与えた衝撃は、大変なものだったと思われる。
 この時、庄五郎は十六歳。多感な年頃だし、当時の十六歳は大人扱いされていた。それなのに、彼がどう考え、どう反応したか全く分からない。
 その二年後、十八歳の時、庄五郎は京都から十津川に帰っていた。
 十七歳の時に、京都御所の警護のためということで上平主税に率いられ、二〇〇人の一人として上京している。
 しかし、御所の警護の任は与えられず、神社や中納言邸の警備に当たっていた。京都の町は、勤皇、佐幕で騒然としていたが、庄五郎の仕事は、退屈だったと思われる。たぶん、騒乱の都なら、得意の剣を振うチャンスがあるだろうと期待しての上京だったからに違いなかったからだ。
 だから、退屈して、十津川郷に帰ってしまったのではない。リーダーの上平主税に帰されてしまったのだ。
 上平主税という人は、十津川郷には珍しい医者で、インテリで、武より文、礼の人である。
 二〇〇人を連れて上京したものの、その中に粗野で無学な者が多数いることに愕然とした。上平主税としては、我慢がならず、十津川郷に戻して代わりの者を上京させていた。
 そんな主税の眼には、庄五郎は、御所の警護には向かないとして、交代させられてしまったのだ。
 十津川郷に帰った庄五郎は、たちまち退屈を持て余した。
 京都でも、御所の警護はやらせて貰えなかったが、息をする町は、勤皇、佐幕入り乱れて、斬り合う戦場である。
 それに比べて、十津川郷は、天誅組の傷あとは残っていても、もともと、それに関心のなかった庄五郎だから、何もないのと同じだった。
 彼がやることといえば、剣の修行しかない。そのため、「十津川郷一の剣の達人」から「神州一の剣の達人」と呼ばれるようになったのだが、そのため、稽古相手がいなくなってしまった。
 その頃、庄五郎は、刀の鞘を赤く塗って差していた。いわゆる赤鞘である。目立つから、喧嘩を売ってくる者がいる。後に坂本龍馬が庄五郎に贈った刀も、赤鞘である。
 しかし、十津川郷では、赤鞘を差して歩き回っても、彼に喧嘩を売ってくる者はいない。逆に、怖いと逃げられてしまう。
 そのうえ、庄五郎は、口数が少なかった。幼少の頃の吃音が原因だったといわれるが、治ってからも寡黙さは変わらなかった。
 庄五郎は背が高く、半身の姿勢で歩く。眼だけが光り、ほとんどあいさつもしないのだから、村人たちに、気味悪がられても仕方がなかった。
 孤独な庄五郎は、ますます剣の道に励む。
 ある時、急流に膝まで浸り、水面を飛び交うつばめを狙った。
 つばめは早く飛び、そのうえ、一瞬に方向を変える。庄五郎は、狙って斬りつけた。普通の剣士なら、つばめは逃げきれたはずなのだが、庄五郎の剣は、二寸、三寸、伸びてくる。そのため、つばめは逃げきれずに墜落してしまった。
 瞬間、庄五郎は快感に襲われた。次には昼間だけではなく、早朝の朝もやの中でも、つばめを斬った。
 そのうちに、五月を過ぎたのに、十津川郷に、つばめが見られないという声が出はじめた。
 庄屋たちが集まって調べて、庄五郎の仕業と分かり、叱責され、ますますすることがなくなってしまった。
 そんな時に、那須盛馬に出会ったのである。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき
第三章 奇は貴なり2
第三章 奇は貴なり
第二章 十津川村と明治維新2
第二章 十津川村と明治維新
第一章 中井庄五郎を知っていますか2
第一章 中井庄五郎を知っていますか