連載
明治維新直前に死んだ男たち
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 若い那須盛馬は、田中光顕と一緒に土佐を脱藩して、京都で勤皇の志士として動き回っていたのだが、新撰組に眼をつけられ、十津川郷に逃げてきた。
 田中光顕のほうは、十津川郷では大人しく学問を教えたりしていたが、若い那須盛馬は退屈して仕方がない。新撰組に狙われたが、敵の狙いは、学問のある田中光顕だと思っているから、なおさら十津川郷での生活は退屈である。
 そんな時、同じように退屈さを持て余している庄五郎と出会ったのだ。
 那須盛馬の年齢は不明だが、土佐藩を意識して脱藩しているから、二十二、三歳といったところだろう。
 庄五郎のほうは剣だけの男で、一見すると、傲慢な感じなのだが、意外に長幼の序を重んじるところがあった。この時代の武士、郷士の特徴である。
 幕末をもっとも気ままに生きたと思われる高杉晋作でさえ、常に父親のことを心配して、戦塵の中にいる時でさえ、絶えず父親に手紙を送っている。この父親は、小禄の武士で、典型的な小役人だったが、激動の時代の中にありながら、おろおろと家族のことばかり考えている。晋作にとって、邪魔ばかりしている父親なのだが、そんな父親のことを晋作は、いつも心配しているのだ。
 幕末は、殺伐とした時代である。特に京都では勤皇と佐幕に分かれて殺し合っている。勤皇方は、天誅と称して幕府の人間を殺し、幕府方は、新撰組が連日、市内で勤皇方の人間狩りをしている。
 そんな時代でほっとするのは、儒教の教えがまだ生きていて、長幼の序が保たれていることである。
 庄五郎も年長者のいうことは、よく聞いている。上平主税に従って、初めて上京した時も退屈な神社や中納言の邸の警備を一生懸命にやっているし、後年、坂本龍馬に心酔した理由の一つは、龍馬のほうが年長だったからだろう。
 那須盛馬の話を信用したのも、彼のほうが自分より年長だったからに違いない。
 二人が、どんな話をしたのかは分からないが、新撰組の話はしたはずである。何しろ、盛馬は、田中光顕と共に新撰組に追われて、十津川郷に逃げてきているわけだから。
 若い那須盛馬が、庄五郎に向って、新撰組について、どんなふうに話したかは想像がつく。
「田中光顕さんは、もともと文の人で、剣には、からきし自信がないから、新撰組が来るといえば、逃げ回っていたね。おれは、むしろ、新撰組の奴らが、どのくらい強いのか、試してみたかったよ。田中さんと一緒に逃げなきゃいけないんで、それが出来なくて残念だった」
 くらいのことを、いったはずである。若いし、腕に自信があるから、やる気まんまんだった。
 盛馬に、逃げ回っているといわれた田中光顕だが、確かに、十津川郷に逃げた後、さらに追っ手が来るという噂で、十津川郷から他藩にまで逃げ、そこの有力者にかくまわれるのである。
 ただ、田中光顕の名誉のために付け加えれば、ただ逃げ回っていたわけではなかった。
 弁舌の立つ田中光顕は、今のままでは、倒幕は難しく、王政復古は実現できない。必要なのは、長州と薩摩が手を組む、薩長連合である。そう考えて、わざわざ長州に行って、高杉晋作や桂小五郎(木戸孝允)を説得するのだ。
 高杉晋作や桂小五郎などの若い藩士が、もっとも強硬に薩摩と手を組むことに反対していた。理由は簡単だった。八・一八の変で、薩摩は、会津と手を組んで、長州を京都から追放したのである。その時、薩摩は、長州を賊軍扱いしたのだ。その恨みは消えずに、高杉晋作たちは、薩摩を信用できないのである。
 だから、田中光顕の説得は大変だった。
 薩長連合というと、坂本龍馬が有名だが、田中光顕が必要を感じて、長州の説得に当たったのは、龍馬や中岡慎太郎の動く八カ月も前である。いかに先見の明があったかである。
 この功によって、維新後の新政府で、光顕は宮内大臣になり、爵位まで受けている。
 庄五郎の反応は、もちろん田中光顕とは違ったが、盛馬とも違っていた。
 一瞬、庄五郎が眼を閉じてしまったので、盛馬は、自分が怖がらせてしまったのかと、錯覚したのである。
「大丈夫だ。上京するなら、おれも一緒だ」
 と、相手の肩を叩いた瞬間、庄五郎は、
「わあッー」
 と、叫ぶと同時に、自慢の赤鞘の剣を抜き放ったのだ。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
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第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
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第三章 奇は貴なり2
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第二章 十津川村と明治維新2
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第一章 中井庄五郎を知っていますか2
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