連載
明治維新直前に死んだ男たち
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 翌日から、二人は夜になると、居酒屋で飲み、京都市内を歩き回った。
 庄五郎は、新撰組の強い連中に出会いたいのだが、いっこうに出会えない。一日ごとに場所を変えてみたが、同じだった。
 だからといって、新撰組の屯所のある壬生に乗り込んでいくわけにもいかない。
「なぜ、出会わないのか?」
 と、庄五郎は、いらだったが、会わないのが当然だった。
 新撰組には、会津藩から京都守護の礼として、数百両が下賜されている。新撰組の幹部は、その金を使って高級料亭で飲んでいるのだが、金のない庄五郎と盛馬は、居酒屋で飲むしかなかったからである。
 新撰組の幹部のほうは、料亭に女を呼んで、そのまま一夜を過ごしてしまうことがある。庄五郎たちは、居酒屋で一夜を過ごすわけにもいかないから、酔うと近藤たちを求めて、市内を彷徨することになる。
 祇園界隈を歩き、高瀬川沿いを歩き、時には、賀茂川の川原に寝そべって、夜空を眺めて時間を潰す。
 若い新撰組の隊士の群れにぶつかっても、庄五郎は、無視した。彼が出会いたいのは近藤勇であり、土方歳三であり、沖田総司だったからである。
 この日も二人は、したたかに酔って、高瀬川沿いを歩いていた。
 料亭の塀が続く。
 塀の向うは灯が明るく、人の騒ぐ声と、三味線の音が聞こえてくるのだが、こちらの狭い通りに、人はいない。歩いているのは、安酒に酔った庄五郎と盛馬だけである。
 盛馬が、やけ気味に大声で、土佐高知の音頭を唄い出した。
 とたんに、料亭の二階の窓が開いて、
「うるさいぞ!」
 怒声と共に、何かが飛んできた。
 杯だった。杯と共に酒の雨が降ってくる。
 盛馬は、あわててさけたが、庄五郎は、なぜかさけもせず、二階に眼をやって、ニヤリとした。
 窓から身を乗り出した客が、新撰組の羽織り姿だったからである。
「新撰組のお方か?」
 と、庄五郎が、声をかけた。
「それがどうした?」
「近藤勇殿か?」
「違う」
「土方歳三殿か?」
「違う」
「沖田総司殿か?」
「違う」
「それなら用はない。顔を引っ込めろ」
「おれのことを、何かいっている奴がいるのか?」
 少しばかり甲高い声がして、窓の顔が代った。細い顔に、眼がやたらに光っている。
 その眼が、庄五郎を上から見すえた。
 庄五郎が、嬉しそうに、ニヤッとして、
「沖田総司殿か?」
「そうだが、おれに何の用だ?」
「あんたの刀を見せてくれ」
 と、庄五郎が、いった。
「おれの刀を見たら、死ぬぞ」
「死ぬかどうか試したい」
「よし。これから、おれの刀を見せてやるから、そこを動くなよ」
 沖田の顔が、窓から消えると、ドドッと階段をおりる音がしたかと思うと、木戸が開いて、三人の若侍が飛び出して来た。
「おい、三人だぞ」
 と、盛馬が、小声で、庄五郎の背中を突いた。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
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