連載
明治維新直前に死んだ男たち
第五章「『奇は貴なり』の続きと事件」 西村京太郎 Kyotaro Nishimura



 庄五郎は、一人になってからも京の町を飲み歩いた。
 酒には強いほうだったから、酔うことはなかった。これはと思う武士に喧嘩を売り、自分の腕を試したかったからである。
 新撰組の沖田総司と出会った時の興奮と陶酔は、今でも庄五郎の胸に残っていた。
 あの興奮を、もう一度味わいたい。
 そのために、庄五郎は毎夜、酔って京の町を歩く。酔うのは、喧嘩をしやすくするためだった。
 なるべく強そうな相手に喧嘩を売る。
 勤皇、佐幕は問わなかった。とにかく強い相手と出会って、一時の興奮と陶酔を味わいたいのだ。
 喧嘩になっても、庄五郎は、めったに抜かなかった。抜けば斬らなければならない。
 向き合って構えた瞬間、庄五郎には、相手の腕が分かる。見切るのだ。
(斬れる)
 と、分かった瞬間、庄五郎は、相手との立ち合いに興味を失い、黙って立ち去ることにしていた。
(運のいい奴)
 と、思いながらである。
(一命を取り止めたぞ)
 だが、時には、庄五郎が臆したと見て、斬りかかってくる者もいる。
 そんな時は、どう応じるかを決めていた。
 相手の剣を持つ手の甲を斬るのだ。骨までは斬らず、皮だけ斬る。
 たいていの相手が剣を取り落とし、悲鳴を残して逃げ去っていく。
 半月たつと、京の町に噂が流れるようになった。

「京の町に、夜な夜な奇怪な剣を振るう鬼が出た」

 という噂だった。
 噂は、どんどん広がっていった。

「鬼は、手がやたらに長く、逃げようとすると、その手を伸ばして襟首をつかんで引き戻す。相手が剣を振るうと、鬼は、その手の皮を斬る。人々は、その奇怪な剣に怯えて、夜半になると歩く人が少なくなった」

 庄五郎は、その噂に合わせて、鬼の面をかぶって、夜の京都を歩くこともした。それを見ると、たいていの男が逃げるのだが、怖さ知らずの武士三人に囲まれたこともあった。
 三人は、庄五郎のことを探していた感じだった。
「木村格之進を覚えているか?」
 と、いきなり、一人に聞かれた。
「いや。おれは、そんな名前は知らぬ」
「貴様に、剣を奪われたことを恥じて、切腹した男だ」
「そんなことで腹を切るとは、バカな男だ」
「言葉を慎め。われらは今夜、その男の仇を討つ。まず、面を取れ!」
 と、相手が叫ぶ。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき
第三章 奇は貴なり2
第三章 奇は貴なり
第二章 十津川村と明治維新2
第二章 十津川村と明治維新
第一章 中井庄五郎を知っていますか2
第一章 中井庄五郎を知っていますか