連載
明治維新直前に死んだ男たち
第五章「『奇は貴なり』の続きと事件」 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 庄五郎は、面を取って、ニヤッと笑って見せた。
 三人の中の一人が、
「無礼者!」
 と、叫んで、いきなり斬りつけてきた。
 軽くかわして、たたらをふむ相手の手の甲を斬った。
 手の甲から、血が噴き飛ぶ。剣を取り落とす。
 二人目が無言で、背後から斬りつけてきた。
 こんな時、相手の剣をかわせば、三人目の剣がかわしきれない。
 庄五郎は、かわすかわりに、下から斬りつけた。
 一瞬でも、こちらの剣が、早ければ勝てる。
 下から斬り上げた庄五郎の剣が、一瞬早く、相手の右手を下から斬り裂いていた。
 骨は斬らず、手首に浮き出た血管二本を、斬り裂いたのだ。
 血が噴き出し、悲鳴が上がり、剣を取り落とす。
 その時、庄五郎は、すでに三人目の敵に向って、剣を構えていた。
 じっと相手を見据える。
 その剣先がふるえていた。
 庄五郎は、バカらしくなって、剣をおさめてしまった。
 瞬間、相手は、庄五郎に向って剣を投げつけて逃げ出した。
 他の二人は、自分の落とした剣を拾って、これも逃げ出す。
 この戦いの後、鬼の噂が、更に広がった。
 こうなると、庄五郎を見て逃げ出す者もいれば、逆に挑んでくる者もいた。
 庄五郎は、十津川村が、京都に作った寮に泊まっていた。鬼のことは黙っていたが、自然に、知れていった。
 しかし、そのことに、庄五郎は無頓着だった。隠しもしなかったし、自慢もしなかった。
 同じ十津川郷士の一人が、庄五郎に向って、
「賞金首になったぞ」
 と、教えてくれたことがあった。
「何のことだ?」
「お前の首に、二百両の賞金がかけられたんだ」
「二百両か?」
「ああ、二百両だ。会津藩の面々がよく利用する料亭のおやじが、かけたと聞いている」
 と、いう。
「面白いな」
「怖くはないのか?」
「別に怖くはないが、この十津川の寮に迷惑をかけるかもしれないな。寮を出よう」
 と、庄五郎は、あっさり、いった。
「何処の旅館がいいかな?」
 と、今度は、庄五郎が、聞いた。
 相手は、しばらく考えてから、
「近江屋がいいんじゃないか」
 と、いった。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
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第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
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第三章 奇は貴なり2
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第二章 十津川村と明治維新2
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第一章 中井庄五郎を知っていますか2
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