連載
明治維新直前に死んだ男たち
第五章「『奇は貴なり』の続きと事件」 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「どうして、その旅館がいいんだ?」
「近くに薩摩藩邸があるから、新撰組に狙われた時、そこに逃げ込めばいい」
「薩摩藩邸なら、上平さんに連れていって貰ったことがある。そういえば、あの近くに旅館があったな」
「その旅館だよ」
 と、教えてくれた。
 翌日、庄五郎は、十津川村の寮を出て、近江屋に移ることにした。
 近江屋は、夫婦でやっている旅館だった。奥の小部屋に泊まることにして、、お茶を持ってきた女将さんに、
「薩摩藩邸が近いから、薩摩の人間がよく泊まりに来るのか?」
 と、きいてしまい、笑われた。
「自分たちの藩邸が近くにあるのに、わざわざ旅館に泊まる人はいませんよ」
「確かにそうだ」
「京の都には、あまり馴れてはいないみたいね」
「京の都から山を越えた、十津川村の郷士だ」
「十津川郷士さん」
「そうだ」
「おさむらいとは違うのかしら? お百姓? それとも猟師さん?」
「おれは、武士だと思っている」
 と、庄五郎は、いってから、
「ここは、武士の客が多いと聞いたんだが」
「多いですよ。でも、脱藩したご浪人が多いんですよ。その人たちが、尊皇攘夷を叫んで新撰組と斬り合うから、一般のお客さんが怖がって来てくれませんよ。だから、自然に、お客が、おさむらいばかりになってしまうんです」
「どこの藩の脱藩者が多いんですか?」
「今は、土佐のご浪人が多いかしら」
「その中に、腕の立つものはいないかな?」
「さあ。坂本龍馬さんと中岡慎太郎さんは、免許皆伝というんだけど、本当かどうか」
「坂本さんなら、薩摩藩邸で一度会ったことがある」
「今度会ったら、聞いてごらんなさい。本当に免許皆伝なのかって」
 と、いって、女将さんは、また笑った。
 坂本龍馬に、一度会ったことがあるというのは嘘ではなかった。
 京都御所の警備に当たるために、十津川郷士二〇〇名を連れて、上平主税が上京した時、その中に十七歳の庄五郎がいた。
 初めての京だった。
 尊皇攘夷の志が高かった上平主税は、薩摩藩邸に、しばしば出入りしていた。
 何といっても、薩摩は大藩である。藩邸には西郷吉之助、大久保一蔵、小松帯刀、平野国臣などがいたが、主として来客の接待をしていたのは、西郷吉之助だった。
 西郷は、来る者は拒まずで、食事を用意し、酒を飲ませ、時には金を与えた。
 そのため、藩邸には常に客がいた。客の多くは、脱藩した勤皇の志士たちだった。長州の脱藩浪士もいたし、土佐の脱藩浪士もいた。その中に、十津川郷士もいたのである。
 彼らは、薩摩藩邸の中で顔を合わせ、時代の流れについてや、勤皇攘夷運動の将来についてなどを論じ合った。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
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第三章 奇は貴なり2
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第二章 十津川村と明治維新2
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第一章 中井庄五郎を知っていますか2
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