連載
明治維新直前に死んだ男たち
第五章「『奇は貴なり』の続きと事件」 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 西郷にしてみれば、将来、薩摩藩にとって役に立つ人間を育てているわけだが、西郷の人柄の良さが、敵を作らなかった。
 だから、坂本龍馬にしても、西郷のために薩長同盟を考え、それを推進したのだろう。
 西郷は、藩邸に集まってくる他藩の脱藩浪士たちに暖かく接している。
 十津川郷士の上平主税は、御所の警備で、二〇〇人の郷士を上京させたのだが、長州、薩摩、会津の警備兵に比べて、十津川郷士のそれは、いかにも装備が古くさく、見すぼらしかった。だが、金が無いので、装備を新しく出来ない。
 そこで、上平は、しばしば、薩摩藩邸を訪ね、西郷に窮状を訴え続けたが、西郷は、資金を出してくれただけではなく、十津川郷士たちに、洋式訓練まで受けさせてくれたのである。
 庄五郎と二人で、京の町で新撰組と喧嘩をして負傷した土佐脱藩浪士、那須盛馬のこともある。
 あの後、那須盛馬は、新撰組に恨まれ、つけ狙われるようになった。危険を感じた盛馬が、西郷に助けを求めると、西郷は、すぐ彼を薩摩藩士にしてしまったのである。新撰組も、大藩薩摩の藩士には手は出せない。
 西郷に恩義を感じた盛馬が、西郷の望む薩長同盟のために働くようになったということも出来るのだ。
 坂本龍馬も土佐の脱藩浪士で、中岡慎太郎たちと裏で、大政奉還や薩長同盟の運動をしていたから、当然、反対派から命を狙われる。
 危機に接すると、龍馬は、西郷を頼って薩摩屋敷に逃げ込んでいた。西郷のほうも、龍馬を匿うだけではなく、龍馬を助けるために、藩士を引き連れて、現場に駆けつけたりもしている。
 こうしたいくつかのエピソードは、西郷の人間としての大きさや、あたたかさを示しているのだが、同時に、薩摩藩邸に集まる人たちは、社会を変えようと戦い、日本をどうするかを、西郷や坂本龍馬たちと論じ合っていたことでもある。若い浪士たちである。西郷や龍馬を中心にして、談論風発していたに違いない。
 そんな中で、一番の変わり者は、中井庄五郎だった。
 西郷に対して、全く助けを求めない。
 庄五郎と二人で、新撰組と争った那須盛馬は、西郷に助けを求めて、薩摩藩士にして貰っているのに、庄五郎は、その後も平気で、ひとり酔っぱらって京の町を闊歩していたのである。
 もう一つ、主義主張を戦わせ、命を賭けて世界を変えようとする若者たちの中で、庄五郎ひとり、その議論の中に入って来ようとしなかった。
 何に関心があるのかが分からないので、薩摩藩邸に集まる若者たちの中で、庄五郎に話しかけてくる者は、自然に少なかった。
 しかし、坂本龍馬だけは別だった。
 龍馬は、志士たちの中で、一人だけ浮いているような、この若者に興味を持った。庄五郎の政治観に興味を持ったのではなくて、庄五郎という人間に興味を持ったのだ。
 今の時代、猫も杓子も政治を論じ、尊皇だ、攘夷だと叫ぶ。要人を暗殺し、自分も殺される。
 そんな空気の中で、全く政治に関心を示さない庄五郎が、龍馬には逆に、さわやかに見えたのだ。
 だから、薩摩藩邸で久しぶりに会った時も、龍馬のほうから、
「中井君」
 と、声をかけた。
 相手を君づけで呼ぶのは、当時の流行(はやり)だった。
 ちなみに、長州藩の高杉晋作たちの間では、自分のことを「僕」と呼ぶのが流行っていた。恰好よかったのである。



〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき
第三章 奇は貴なり2
第三章 奇は貴なり
第二章 十津川村と明治維新2
第二章 十津川村と明治維新
第一章 中井庄五郎を知っていますか2
第一章 中井庄五郎を知っていますか