連載
明治維新直前に死んだ男たち
第五章「『奇は貴なり』の続きと事件」 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「君の噂は聞いたよ。京の河原町で、新撰組の沖田総司たちと斬り合ったそうだね」
 と、龍馬が、いった。
「斬り合いではありません。見切り合いです」
「どういうことだ?」
「お互いに抜かずに、相手の力を測りました。あの時、沖田が先に抜けば、一瞬の差で、おれが勝ちます。向こうもそれが分かって、最後まで抜かず、私も抜きませんでした」
「しかし、君と一緒にいた那須盛馬は、新撰組の斉藤一と永倉新八の二人に斬られて、重傷を負っているが」
「盛馬には、自分の腕と新撰組の二人との差が分かっていなかったのです。抜く前から、勝負は分かっているというのに、愚かな奴です」
「君ならどうする?」
「もちろん、逃げます」
 と、いって、庄五郎は、笑った。
(さわやかな笑顔だ)
 と、龍馬は、感じた。
「ところで、今、何処に泊まっているんだ?」
「これまでは、京にある十津川の寮にいましたが、今は近江屋に寝泊まりしています」
「近江屋なら、私もよく行く。この薩摩藩邸に近いので、非常の時に逃げ込むのに便利だからね。君は、そんなことは考えないだろうが」
「考えたことはありません」
「何か困っていることがあれば、何でも相談に乗るが」
 と、龍馬が、いい、庄五郎が、
「実は、ひとつあります」
 と、いった時、奥から中岡慎太郎が、
「例のことで話し合いをするから、来てくれ」
 と、呼んだので、龍馬は、
「その件、必ず相談に乗る」
 と、約束して、奥へ消えた。
 二日後、近江屋で庄五郎が、奥の小部屋で眼を覚ますと、二階が賑やかだった。
「お客さんですか?」
 と、聞くと、女将さんは、
「坂本さんと中岡さんです。ああ、あなたが帰ったら話がしたいと、坂本さんが、そういっていましたよ」
 と、いう。
「分かった」
 と、庄五郎が、階段を駆け上がろうとすると、女将が、慌てて止めた。
「大きな声で藩名と姓名をいってから、上がってください。坂本さんが有名になってから、その命を狙う人が多くなって、用心することになったのです」
 と、いわれて、庄五郎は、二階に向って、
「十津川郷士の中井庄五郎です。上がっていいですか?」
 と、大きな声を出した。とたんに、
「おう!」
 と、声がして、
「すぐ上がって来い」
 少し酔った声が、いった。



〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき
第三章 奇は貴なり2
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第二章 十津川村と明治維新2
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第一章 中井庄五郎を知っていますか2
第一章 中井庄五郎を知っていますか