連載
明治維新直前に死んだ男たち
第五章「『奇は貴なり』の続きと事件」 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 二階に上がると、龍馬と中岡慎太郎の二人が飲んでいた。
「先日、困ったことがあれば、何でも相談に乗るといわれたので」
「そうだったな」
 と、龍馬は、肯いてから、傍らにいた中岡に、
「約束を果たさなきゃならん。例の問題は、君に全て任せるよ」
 と、いった。
「分かった」
 と、中岡は肯いた後、庄五郎に向って、
「龍馬に甘えたらいい」
 と、いい残して、帰って行った。
 二人きりになると、龍馬は、庄五郎に、
「今まで一番大切にしてきたことを教えてくれ」
 と、いった。
「剣です」
 庄五郎は、ためらわずに答える。
「それなら、この瞬間、一番大切にしていることは何だ?」
「やはり剣です」
 今度も、ためらわなかった。
「なかなかいい。が、それにしては、君の差している剣は、安物だな」
 龍馬にいわれて初めて、庄五郎が赤くなった。
「金がありません」
「それなら、私のものを君にやる。無銘だが、よく斬れるよ」
 龍馬は、自分の剣を手に取って、ひょいと庄五郎に渡した。
「ありがたいが、坂本さんは、どうするんですか?」
 と、庄五郎が、聞くと、龍馬は、いきなり、ふところから拳銃を取り出して、銃口を向けて、
「私には、これがあるからね。君は、銃を使ったことがあるか?」
「剣しか興味がありません」
「君は、居合の名手だったな」
「居合は好きです」
「そこに座っているまま、私を斬れるか?」
「剣が届けば、斬れます」
「しかし、私の拳銃のほうが早いぞ」
 龍馬は、拳銃を構えたまま、からかうように、庄五郎を見た。
「君が剣を抜く瞬間、私は、銃の引き金を引く。君の剣先が私に届くより先に、私の弾丸は、君の顔に命中する。眉間にめり込んで、君は死ぬ」
 龍馬のその言葉が終わる寸前、庄五郎は、膳の上の盃を、龍馬に投げつけた。
 盃と同時に、酒が霧となって、龍馬に襲いかかる。
 龍馬が拳銃を構え直した時には、庄五郎の抜き放った剣先が、その拳銃を叩き落としていた。
「参った、参った」
 龍馬が声を上げた時、庄五郎は、剣を鞘におさめていた。
 龍馬は、笑った。
「強いな」
 と、いう。



〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
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第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
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第三章 奇は貴なり2
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第一章 中井庄五郎を知っていますか2
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