連載
明治維新直前に死んだ男たち
第五章「『奇は貴なり』の続きと事件」 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「君には、私のように、剣を捨てる気はないのか? 剣の代わりに拳銃を持つ気はないのか?」
「ありません」
「剣は、時代おくれだよ。あと十年もしたら、誰もが剣を捨てて、銃を持つようになるはずだ」
「それなら、剣と共に死にますよ。剣の使えない世の中は、退屈でしょうから」
「もういい。君は、剣を使って生きたらいい。というより、それしか出来ない人間だ」
「剣で金を作れということですか?」
「別に恥ずかしいことじゃない。今の時代、誰もが同じことをやっている」
 と、龍馬が、いった。
 庄五郎は、黙って聞いている。
「ここ数年、いったい何があったか。まず、井伊直弼が幕府を守るためと称して、梅田雲浜、吉田松陰などを殺した。その井伊直弼は、桜田門外で水戸浪士たちに殺され、今度は、勤皇の志士たちが天誅と称して、幕府に味方する人間を次々に殺した。その数は、一六〇人に及んだ。誰もが、正義を叫びながら、殺しているのだ」
 龍馬が、ゆっくりと話す。
「君は、人を殺すのが怖いか?」
「怖くはありません」
「心が痛むか?」
「いまだかつて、心が痛んだことはありません」
「それなら安心だ」
「―――――」
「今、尊皇攘夷を邪魔する者は誰か、分かるか?」
「多分、新撰組でしょう」
「確かに、巨大な敵だ。池田屋事件では、新撰組によって、池田屋に集まっていた勤皇の志士たちの中、七名が殺され、多数が捕らえられた。この事件のため、維新は、少なくとも一〇年はおくれたといわれ、いまだに維新の夜明けは見えぬ。逆に考えれば、新撰組の組員を一〇人殺せば、五年は維新が近づくことになる」
「――――――」
 庄五郎は、黙って聞く。
「他に維新を邪魔する者として、各藩に残る旧勢力がいる。私の育った土佐藩でも、維新を目指して土佐勤王党が結成され、一九〇名が支持したが、旧勢力によって弾圧され、私も脱藩せざるを得なかった。こうした藩内に残る旧勢力こそ、維新の敵なのだ。この旧勢力を一人でも少なくすれば、それだけ維新は早まると、私は確信している。繰り返すが、これは正義である」
 龍馬は、力を籠めて、話す。
 庄五郎は、黙って聞く。彼に分かったのは、敵を殺すのは維新を早めるから、それは正義に通じるということだった。
 突然、階下で、女将さんが大声を出した。
「急なお客様ですよ。どうします、お会いになりますか?」
「逃げるぞ。新撰組だ」
 と、龍馬が、叫ぶ。



〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき
第三章 奇は貴なり2
第三章 奇は貴なり
第二章 十津川村と明治維新2
第二章 十津川村と明治維新
第一章 中井庄五郎を知っていますか2
第一章 中井庄五郎を知っていますか