連載
明治維新直前に死んだ男たち
第五章「『奇は貴なり』の続きと事件」2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura



 それから更に五日して、二通目の封書を受け取った。
 今回は、名前だけが書かれていて、理由の説明はなかった。

「公卿 水城由実 百五十両」

 それだけだった。
 庄五郎は、上平主税に率いられて、御所の警備に当たったことがあるので、公卿を目撃している。
 この時、御所には、孝明天皇がおられた。
 御所の警備に当たっていたのは、会津、長州、薩摩の大藩と、十津川郷士たち。
 孝明天皇は、力の弱い十津川郷士の当直の夜だけ、
「安心して眠れる」
 と、いわれたが、それは、大藩が御所の中でも勢力争いをしていたからだった。
 勤皇と佐幕とに分かれても、薩摩と長州が勤皇で、会津が佐幕と、そう簡単には決められなかった。薩摩と会津が手を組み、長州を御所から追放したことがあったからである。
 この時、長州は賊軍だった。
 その上、孝明天皇は、薩長よりも会津を信用していたから複雑である。
 討幕を実行しようとする薩長にとって、孝明天皇は邪魔な存在だった。勤皇討幕を叫ぶ志士の中には、あからさまに孝明天皇を廃して、十六歳の明治天皇を担ごうという者もいた。十六歳の幼帝なら、自分たちの意のままになると計算してである。
 公卿たちも、勤皇、佐幕に分かれていた。というより、会津藩に通じているか、薩長に通じているかである。
 孝明天皇にしてみれば、公卿たちも信用できなかったのだ。
(この公卿は、果たして、どちらの味方なのだろうか?)
 と、一瞬考えたが、庄五郎は、すぐ止めてしまった。
 庄五郎にとって、あまり関心のない世界だった。十津川郷士たちは、勤皇佐幕の波に乗ろうと必死だが、庄五郎は、どちらでも良かった。剣を戦わせることの出来る世界が、彼の望む世界なのである。
 庄五郎は、今も御所の警備に当たっている十津川郷の友人に、水城由実という公卿のことを聞いてみた。
「小柄で、女のような感じだが、よく外出するので、怪しむ人もいる」
 と、いう。
 夜になると御所を出て行き、朝になると戻ってくるというので、庄五郎は早朝、御所の塀の外で待つことにした。
 一日目は会えず、二日目の朝、朝もやでかすむ通用門の近くで、出会った。
 なるほど小柄で、女のように見える。
 大きめの笠をかぶり、顔を隠しているので、一層、女のように見えたのかもしれない。
(面白くない)
 と、思った。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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