連載
明治維新直前に死んだ男たち
第五章「『奇は貴なり』の続きと事件」2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「ただ、一というのが誰かは、知りたいと思います」
「本当に知らないのか?」
「知りません」
「大久保一蔵の一だよ」
「薩摩藩のですか?」
「そうだ」
「すると、私が斬り捨てた公卿は、勤皇方の公卿ですか?」
「さあ、どうかな」
 と、龍馬が、微笑した。あの微笑だった。
 その後、急に、
「私は江戸に行くが、一緒に来たいか?」
 と、誘った。
「江戸で、誰かを斬るんですか?」
「いや、私の護衛を頼みたい」
「拳銃では駄目ですか?」
「蠅を追い払うにはいいが、身を守るには、役に立ちそうもない。だから、君を連れて行きたいのだ」
 と、龍馬が、いった。
「江戸には、一流の剣士がいますか?」
「ああ、たくさんいるよ。さまざまな流派の達人がいる」
「それなら、お供します」
 庄五郎は、笑顔だった。
 江戸は―――

 そこまで読んだ時、携帯が鳴った。傍らにいた亀井が、手を伸ばして携帯を取る。
「十津川村の村長からです。資料館から中井庄五郎の刀を盗んだ犯人が、自首してきたそうです」
 と、亀井が、いった。
「それじゃあ、みんなホッとしているね」
「犯人は二十一歳の若者で、警部に会いたいといっているそうです」
「私に? 何故?」
「警部に会ったら話すそうです」
「それなら、その若者に会いに行こう。私も会いたくなった」
 と、十津川は、立ち上がった。
 翌日、二人は、京都を発った。新宮行きのバスで十津川村に向った。ポケットには「奇は貴なり」の原稿のコピーが入っている。
 連休は終わったが、初夏を迎えて、新宮行きの長距離バスは、満員に近かった。
 十津川村の村役場の前で、二人は、バスを降りた。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
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第三章 奇は貴なり2
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第二章 十津川村と明治維新2
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第一章 中井庄五郎を知っていますか2
第一章 中井庄五郎を知っていますか