連載
明治維新直前に死んだ男たち
第六章 『奇は貴なり』の終章 西村京太郎 Kyotaro Nishimura



 時代は、容赦なく動いていく。
 龍馬は、その動きにおくれてはならず、忙しかった。長崎へ行き、海援隊の今後を、後輩の土佐脱出組の陸奥宗光たちに頼んだ後、龍馬は、大阪へ戻る船の中で後藤象二郎と日本の将来について話し合い、有名な「船中八策」を考え、それを書記役の長岡謙吉に書き取らせた。
 この船中八策で、坂本龍馬が考えたことは八項目にわたっていた。

一、      幕政返上
二、      議会の開設
三、      人材の登用
四、      公儀刷新
五、      法典整備
六、      海軍拡張
七、      新兵設置
八、      幣制改革

 この八つである。
 大阪に船が着くと、長岡謙吉に書き取らせた八項目の要目を、後藤象二郎に土佐まで持ち帰ってもらい、それを藩主の山内容堂から第十五代将軍の徳川慶喜に渡して貰うように頼んだ。
 今のわが国は、アメリカ、イギリス、フランス、ロシアといった大国から開港と貿易を迫られている。すでに江戸幕府はアメリカの総領事ハリスに、外交官の江戸駐在と自由貿易を要求されて、横浜、長崎、函館におけるアメリカの貿易を許可した、いわゆる日米修好通商条約を結んでいる。このアメリカに続いて、イギリス、フランス、ロシアが同じ様な開港を迫って来ることは間違いなかった。
 それにどう対処するのか、その対応を迫られているのに、幕府は第二次長州征伐の軍を興そうとしているし、逆に長州は倒幕を考えている。今のままでいけば長州は、間違いなく幕府にやられてしまうだろう。
 そうなれば、今まで通りの日本になってしまう。幕府が日本全体を支配し、他の大名たちはその命令に従う。それではこれからの国際情勢に対処していけない、と龍馬は思っていた。
 だからこそ、仲が悪かった長州と薩摩を和解させ、薩長同盟を結成させた。これならば、幕府が第二次長州征伐の軍を興しても、長州が負けることはない。
 だからといって、戦争をするために、龍馬は、薩長に手を結ばせたわけではなかった。
 両者に手を組ませたのは、逆に、戦争をさせないためだった。幕府と薩長の勢力が均衡すれば、戦争はやらないだろう、と考えたのである。
 両者が戦火を交え、国力が疲弊すれば、外国の侵略を受ける。龍馬は、そのことを怖れていた。
 隣国の清は、アヘン戦争に敗れて、西欧の食い物になっている。日本が安泰なのは、ただ単に清国が獲物として大きく、日本が小さいため、今のところ食指を動かされないだけだと、龍馬は、思っていた。
 それなのに、幕府は、第二次征長の軍を興そうとしているし、同盟を結んだ薩長は、理由を作っては「倒幕」を口にしている。
 その一例が、幕府がアメリカと結んだ日米修好通商条約である。幕府は、更に、他の国とも通商条約を結んでいく。
 それが「勅令」に背くというのである。孝明天皇は、極端な攘夷主義者で、幕府に対して攘夷の実行を命じていたのに、幕府は、それに抗って開港した。それを倒幕に利用しようというのである。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第六章 『奇は貴なり』の終章2
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第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
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