連載
明治維新直前に死んだ男たち
第六章 『奇は貴なり』の終章 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 自由貿易を、一般の日本人は、どう見ていたのか。
 当然のことながら、アメリカ人、イギリス人、フランス人、ロシア人と、日本人が接触することになる。黒人を見て逃げ出したという話もある。あわてて、娘を隠したという話もある。
 しかし、当時、来日したアメリカ人の画家は、全く違った日本人を描いている。
 絵は、さまざまな日本人を描いていた。
 子供たち
 若い娘
 子供を背負った母親
 商人
 その人々の絵も残っていて、感想も書かれているのだが、それに共通しているのは、
「くったくのなさ」
「自由さ」
「陽気さ」
「物怖じしない」
 といった類であり、言葉である。
 不思議である。
 文明開化した明治時代、夏目漱石はイギリスに留学中、劣等感にさいなまれたという。漱石だけではなく、多くの明治人が劣等感を感じていたというのに、幕末の日本人には、それが全くなかったのだ。
 そうした民衆の大らかさ、自由さに比べて、武士たち、特に薩長の幹部たちは、何かというと政争に明けくれている。
 それが龍馬には心配だった。
 龍馬の考えた薩長同盟は、戦争のためではなく、戦争を止めさせるため、新しい政府を作るためのものだった。
 現在の龍馬の心配は、二つあった。
 薩長にしてみれば、徳川幕府、徳川慶喜が何を考えているのか分からない。
 一方、慶喜のほうも、薩長の動きに疑心暗鬼である。攘夷を唱えていた薩長は、薩摩の薩長戦争、長州の下関戦争のあと、開港に反対しなくなった。
 それにも拘らず、幕府の開港を勅令に抗するとして、倒幕の理由にしようとするのである。それに対して、幕府も第二次征長を計画している。
 第二の心配は、京都の孝明天皇が亡くなったことだった。
 孝明天皇が、薩長より幕府を信用していることは、よく知られていた。従って、天皇の意思は、薩長の考えている倒幕ではなく、幕府を中心とした公武合体である。龍馬の考えに近い。
 その孝明天皇が突然、三十代の若さで亡くなってしまったのである。
 この時、多くの人が「孝明天皇は毒殺された」と考えた。
 犯人は、倒幕派と通じている公卿の岩倉具視と、薩摩の大久保利通。この二人が邪魔な孝明天皇を、女官を使って毒殺したに違いないという噂は、たちまちのうちに京都中に広まった。
 大久保が犯人と思われたのは、第一次長州征伐の勅命が下りた時、「不義の勅命は勅命にあらず」といい放ったからである。
 孝明天皇の勅命に抗ったのだ。
 岩倉具視は策謀の多い公卿で、大久保と親しいことは誰もが知っていた。
 そして、まだ十五歳にもならない幼い天皇が即位した。
 明治天皇である。
 誰もが、幼い新しい天皇を、自分たちに都合のいいように動かすだろうと考える。
 特に、今まで孝明天皇を邪魔だと考えていた薩長は、幼帝を利用して、倒幕の号令を考える恐れがあった。
 そうなれば、日本を二分した大戦争になる。
 何としてでも、それは防がなければならないと、龍馬は考えていた。
 幸い、今は倒幕勢力よりも公武合体勢力のほうが強い。
 もう一つ、慶喜は大阪に来ていて、第二次長征の軍を興そうとしているが、幸い、参加を呼びかけられている諸藩の中には、乗り気ではない藩も多い。
 今が船中八策を実現するにはチャンスであり、最後の機会と、龍馬は思っていたのだ。
 それを今、藩主の山内容堂と後藤象二郎に委せた。
 脱藩浪人の自分が出ていくよりも、二人に委せたほうがいいだろうと、そう思っていた。
 だから、ひとり、京都に戻ることにした。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき
第三章 奇は貴なり2
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第二章 十津川村と明治維新2
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第一章 中井庄五郎を知っていますか2
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