連載
明治維新直前に死んだ男たち
第六章 『奇は貴なり』の終章 西村京太郎 Kyotaro Nishimura



 大阪まで迎えに来ていた庄五郎に会うと、やはりホッとした顔になり、
「ご苦労」
 と、声をかけた。
「久しぶりに君の顔を見て、気が晴れたよ。相変わらず京の町を闊歩しているのか?」
「坂本さんがいないと、酒がまずくて困ります」
 いつものように、何を考えているのか分からない表情で、庄五郎が、いった。
 二人は、ゆっくりと歩き出した。
 自然に、庄五郎は龍馬の外側を歩く。
「海の匂いがしますね」
 と、庄五郎が、いう。
 龍馬は、着物の袖を鼻に当てて、
「長崎から大阪まで、船に乗ってきたからな」
「海はいいですか?」
「君は、船に乗ったことはないのか?」
「十津川の山の中で育ちましたから」
 と、いってから、
「仕事は、うまくいったんですか?」
「そうだな。半分までいった。が、あとの半分がうまくいくかどうか分からん」
 と、答えてから、龍馬は、ふと、庄五郎の反応を見たくなった。
「どんな仕事か、聞きたいか?」
 と、聞くと、庄五郎は、笑って、
「別に知りたくはありませんが、今まで以上に坂本さんは、敵を作ることになったんじゃありませんか?」
「分かるか?」
「分かりますよ。坂本さんは味方も作るけれど、敵も作る人だ。でも、それが楽しいみたいですね」
「別に楽しくもないが、それも私に与えられた職務だと思っている」
「三日前に、一人斬りました」
 突然、庄五郎が、いった。
「どんな相手だ。新撰組か?」
「分かりませんが、どこかの藩の脱藩浪士だと思います。いきなり、龍馬がどこに行ったか教えろと、そういわれました。知らないといったところ、そのあと、しつこく尾行されました。私の後を追っていれば、坂本さんの居所が分かると思ったのかもしれません。面倒なので、坂本さんの居所を教えてやるといって、三条河原まで連れて行き、そこで斬りました。用心したほうがいいですよ」
「用心なら、前からしている」
「今まで以上にです」
「心配してくれるのか?」
「三日前に私が斬った男は、どう考えても勤皇派の脱藩浪士です。それなのに、坂本さんの居所を知ろうとして、しつこく私を尾行していたんです。理由は分かりませんが、坂本さんは、これから先は自分の味方だと思っていた勤皇の浪士にも命を狙われるかもしれませんよ」
 庄五郎が、いう。
 龍馬は黙って、その言葉を聞いた。庄五郎が、どう考えていったのかは分からない。が、龍馬自身も、これから誰に狙われるかは分からないと、思っていた。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
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第三章 奇は貴なり2
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第二章 十津川村と明治維新2
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