連載
明治維新直前に死んだ男たち
第六章 『奇は貴なり』の終章 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 龍馬は、薩長藩士を五カ月間にわたって口説いて、同盟を結ばせた。それなのに、今は、その結果に危惧を抱く。その気持ちを感じたのか。さすがに勘の鋭い男だ、と感心しながらも、龍馬は、関係のないことを口にした。
「好きな女が出来たそうじゃないか」
「誰が、そんなことを知らせたんですか? ああ、おりょうさんですね。おりょうさんが、手紙で知らせたんでしょう?」
「可愛い娘さんだそうじゃないか。これからどうするんだ?」
「私にも分かりません。この日本がどうなるかも分かりませんから」
「私の希望通りになれば、まもなく戦争は終わる。殺し合いも終わる。そうしたら、彼女を連れて旅行に行ったらいい。京都や十津川だけにいると、大事なものが見えなくなってしまうぞ」
 と、龍馬が、いった。
 周囲が暗くなってきた。
 龍馬は、このまま移動し、馬に揺られて京都まで行こうと思っていたが、庄五郎は、この辺で泊りましょうと、いった。
「疲れたのか」
「いえ、そうではありません。尾行されています。このまま夜に入れば、必ず斬りかかってくると思います」
 と、庄五郎が、いった。
 大阪の動きが心配な龍馬は、気づいていなかった。
「一人か?」
「いえ、間違いなく二人です」
 と、庄五郎が、いう。
 龍馬は、その言葉に頷いて、この宿場に泊まることにした。
 その夜、龍馬はなかなか寝つけなかった。
 後藤象二郎は、龍馬が考えた船中八策、あの手紙を、間違いなく土佐藩主の山内容堂に渡してくれるだろう。
 山内容堂は、妖怪とか、何を考えているのか分からないとかいわれている。それでも、間違いなく船中八策を、徳川慶喜に渡してくれるだろう。
 別に藩主だからといって、善意に解釈するわけではない。要するに、土佐藩主の容堂は、自我が強くて、長州や薩摩と同じことを考えたり、行動したくないのだ。
 薩長が倒幕を考えれば、容堂は公武合体を考える。だから、間違いなく、船中八策は徳川慶喜に届くだろう。問題は、その先である。
 今、なぜ、徳川慶喜が大阪にいるのか。それは、第二次長州征伐の軍を集結させようとしているからなのだ。そうなったら、間違いなく日本全体が戦場になってしまう。
 徳川慶喜が、こちらの意をくんで第二次長州征伐を諦め、朝廷に対して大政奉還するほうへ動いてくれるかどうか。
 そこが、龍馬には判断がつかないのである。
 土佐から脱藩してきたばかりの龍馬ならば、薩長が連合して倒幕に動いてもいいと、そう考えるだろう。
 しかし、今は違う。
 龍馬は勝海舟と親しくなり、彼自身のお陰で土佐の脱藩浪士でありながら、幕府の要人の何人かに接触して話を聞くことが出来た。



 
〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
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第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
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第三章 奇は貴なり2
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第二章 十津川村と明治維新2
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第一章 中井庄五郎を知っていますか2
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