連載
明治維新直前に死んだ男たち
第六章 『奇は貴なり』の終章 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 その時、龍馬が痛切に感じたのは、さすがに二百六十年の幕藩体制が続いて、そのために多くの秀れた人材が育ち、世界の情勢についても広く勉強しているということだった。蘭学に精通していることから「蘭癖」とあだ名されている、老中の堀田正睦守、勘定奉行として優秀な川路聖謨、その下で実務に当たる目付の岩瀬忠震。全て優秀である。
 一八六五年の夏、アメリカの総領事ハリスが、七隻の艦隊を率いて浦賀にやって来て、幕府に、外交官の江戸駐在と自由貿易を要求した。その結果、日米修好通商条約ができ、横浜と長崎と函館で、アメリカは、貿易を自由にやることが出来るようになった。
 それに対して倒幕派は、幕府の弱腰を批判したが、実際に勝海舟に紹介してもらって、勘定奉行の川路聖謨、目付の岩瀬忠震に会って、その時の外交交渉について話を聞いた。龍馬は、彼らの対応の立派さに感服したのである。
 この時、ハリスは、わざと世界で最も大きな蒸気船を三隻も引き連れて、浦賀にやって来た。サスケハナ号二四五〇トン。ミシシッピ号一六九二トン。ポーハタン号二四一五トン。
 この頃、日本にやって来ていたフランスやイギリスの軍艦は、いずれもこの三隻よりも小さかったし、日本で一番大きな千石舟は、たった一〇〇トンである。ハリスが、わざわざ世界で最も大きな三隻の蒸気船を引き連れて日本にやって来たのは、その船の大きさで幕府を脅かし、有利な条約を結ぶためだった。
 そして、ハリスは日本側に対して、二時間にわたって、こんな演説をしたといわれている。
「アメリカは、日本を親友だと思っており、戦争によって領土を獲得したことはない。アメリカの希望は、外交官の首府江戸への駐在と自由貿易だけである。
 それに比べて、イギリスは、スターリングが結んだ日英協約に不満であり、イギリスの脅威が日本に近づいている。ロシアには、サハリンと蝦夷地への領土的野心がある。今、アロー戦争を戦っているイギリス、フランスの脅威が日本に迫っており、アヘン貿易をするイギリスへの害悪もある。いずれの戦争にも加担しないアメリカ大統領は、日本のためにアヘン戦争を危ぶんでいる」
 といって、イギリスの脅威とアメリカの友好、平和を強調した。
 ハリスは、さらに続けて、
「従って、アメリカと条約を結んでいれば、その心配はなくなる。欧州の列強と確執が起きた時には、アメリカ大統領が仲に立つ上、軍船、その他いかなる軍器でも、また、海・陸軍の士官歩兵を何百人でも差し出す」
 と、アメリカの方針を強調した。
 このハリスの演説に対して、幕府の老中、勘定奉行、目付などは、いかに反論したのか。
 まず、オランダで出された当時の世界事情書から引用して、メキシコ戦争でアメリカがカリフォルニアを掠奪したこと、その後、賠償金の代わりにメシラルタル(ニューメキシコ)を奪ったことを指摘し、領土的野心を持たないというアメリカの主張に反論した。
 ハリスが、イギリスの中国へのアヘンの売り込みを批判し、アメリカは、アヘンの売り込みはしないと主張したことに対して、勘定奉行は、当時、中国の北京で漢訳されていた「海國圖志」の中から、
「アメリカは、トルコのアヘン、十余箱を毎年、中国に運んでいる」
 という記事を示し、
「アメリカの商人が、広東の下流、伶汀島付近の武装船にトルコアヘンを貯蔵し、大規模に密売している」
 という記事も示した。



〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
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