連載
明治維新直前に死んだ男たち
第六章 『奇は貴なり』の終章 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「海國圖志」というのは、当時の世界情勢について書かれた全六巻の厖大な書類で、当時、江戸奉行所には、すでに十二部が備えられていたのである。
 最後に、西欧各国の日本侵略に対して、アメリカ領事が駐在すれば安心だというハリスの主張に対する反論である。
「ここ七、八十年の間、戦乱を繰り返す西欧諸国に、安き日はない。その延長を考えた時、日本にアメリカ領事がいたからといって、役に立ちそうもない」
 と反論したのだ。
 こうした堀田老中、川路勘定奉行、目付・岩瀬忠震の指摘に対して、ハリスは黙って聞いていたといわれる。
 こうした話を聞き、資料を調べてみて、龍馬は、幕府の役人の優秀さに感服した。
 その点、薩長、土佐はどうだろうか?
 例えば、長州には周布政之助、木戸孝允(桂小五郎)、高杉晋作と優れた藩士がいる。
 しかし、戦いについては優れているかもしれないが、能吏とはいえない。その証拠として、三人はまず攘夷、その後、開港という考えで、それを実行して、ものの見事に連合艦隊にやられてしまった。事態の正確な把握が出来ないのだ。
 薩摩も似たようなものである。西郷隆盛、大久保忠道がいるが、幕府との決定的な違いは、幕府には優秀な官僚組織があるが、長州や薩摩には、それがない。歴史の違いである。新しい日本の政府としては、やはり幕府に、それも徳川慶喜にやって貰わなければならないと、龍馬は考えていた。
 龍馬は、後藤象二郎と船の中で船中八策を考えた時には、新しい日本の盟主は○○○○として名前を入れなかったが、大阪で後藤象二郎に預ける時には、そこに徳川慶喜と、書いておいた。
 この後、龍馬は、中岡慎太郎と二人で京都の旅館近江屋に泊まり込み、大阪からの知らせを待つことにした。
 庄五郎のほうは、龍馬が中岡慎太郎と二人で近江屋に泊まっていることに、ひとまず安心した。龍馬も慎太郎も、一応、免許皆伝の腕前である。
 それでも庄五郎は、同じ近江屋の小部屋に泊まり込んだ。ここに来て、どうも龍馬を狙う相手が佐幕派ばかりではなく、勤皇方の中にも、龍馬を狙う者がいることに気づいたからである。
 なぜそうなったかは、庄五郎は考えようとはしない。とにかく、龍馬を殺そうとする者から守ればいいのである。
 一八六七年(慶応三年)の一〇月一四日。
 土佐藩主、山内容堂が徳川慶喜に大政奉還を建白し、この日、慶喜が大政奉還を申し出た。その場で薩摩藩士の小松帯刀と土佐藩士の後藤象二郎が、その英断に賛同した。薩摩藩は倒幕を考えていたが、この場では反対せず、徳川慶喜の大政奉還を受け入れたことになる。
 徳川慶喜の主導で大名連合は、政府を作り、新政府が動き出すことになった。
 一方、その日のうちに後藤象二郎の使いが、京都の近江屋にいた坂本龍馬と中岡慎太郎に知らせてきた。
 深夜だった。
 走り書きである。その筆が、嬉しそうに躍っている。
 藩主容堂公、徳川慶喜公に大政奉還を建白され、慶喜公は、その場で大政奉還に賛同され、ここに無事、大政奉還は成立した。
 直ちに薩摩藩と土佐藩が賛同して、儀式は無事終了した。
 倒幕を口にしていた薩摩が、慶喜公に賛同したのだ。万歳。
 この後、船中八策の通り、大名連合が作られ、徳川宗家が筆頭となって、新しい国政が船出するのだ。



〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
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第三章 奇は貴なり2
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第二章 十津川村と明治維新2
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第一章 中井庄五郎を知っていますか2
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