連載
明治維新直前に死んだ男たち
第六章 『奇は貴なり』の終章 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 外国の評判も、この際、書き加えておこう。
 イギリス公使パークスは、
「大政奉還はリベラルな行動であり、徳川慶喜は時代の要請にふさわしい人物」
 と、高く評価している。
 後藤象二郎は、最後に、こう書いている。
「これにて、日本国内の戦火は消え、慶賀の至り。めでたし、めでたし」
 中岡慎太郎は、ホッとした顔で、
「長州が賛同したとは書いてないが、薩摩が賛同したことで、長州一国では動けまい」
 と、いった。
「これ全て、西郷さんのお陰だよ」
 と、龍馬は、いった。
 中岡慎太郎のいう通り、龍馬も薩摩が動かなければ、長州一国では倒幕に動かないと見ていた。
 その薩摩を、現在、仕切っているのは西郷隆盛、大久保利通、小松帯刀の三人である。
 龍馬の見たところ、大久保は策士で油断が出来ないし、小松は読めない。その中で、西郷だけは、こちらを裏切らないと、龍馬は見ていた。
 今回、薩摩を抑えてくれたのは、西郷だろうと、龍馬は思った。
(西郷を信用していて、良かった)
 と、思った時、急に、龍馬の緊張がほぐれた。
「酒を飲みたくなった」
 と、龍馬が、いった。中岡も、
「夜を徹して飲もうじゃないか。これで、われわれも死ぬ必要がなくなったよ」
 と、いった。
 宿の番頭を呼んで、酒宴を開いた。
 その賑やかさに釣られたのか、庄五郎が二階に上がってきた。
「君も飲みたまえ」
 と、龍馬が、誘った。
「何のお祝いですか?」
 庄五郎が、きくと、中岡が、楽しそうに笑った。
「この大慶事を知らない人もいるんだ」
 庄五郎も、わけが分からずに笑い、二人を手伝って、酒と肴を部屋に運んだ。
 その席に、庄五郎が好きになった芸妓の豆助がいつの間にか加わって、座は更に賑やかさを増した。
 龍馬の誘いで、豆助は、二人が知り合ったいきさつをのろけた。
 豆助は時々、近江屋のお座敷に呼ばれていた。
 ある日の夜、二人の勤皇の志士に呼ばれた。最初は気持ちよく飲んでいたのだが、何かの話のやり取りの途中に、豆助が、
「私は、将軍さまが大好き」
 と、いった。
 それが癇に触ったのか、二人の若い浪士は、いきなり豆助に殴りかかったのだという。
 その悲鳴を聞きつけて、庄五郎が部屋に飛び込んで、豆助を助けた。その時、二人と喧嘩になったが、庄五郎は、あっという間に相手を組み伏せ、部屋から叩き出したのだという。
「その鮮やかなお姿に惚れました」
 と、豆助は、ニッコリしている。
 龍馬は、それをからかったが、中岡慎太郎は、まじめに、
「これからは、京の町も穏やかになる。君たちも安心して商売が出来る。何の心配もなく働けるぞ」
 と、いった。



〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき
第三章 奇は貴なり2
第三章 奇は貴なり
第二章 十津川村と明治維新2
第二章 十津川村と明治維新
第一章 中井庄五郎を知っていますか2
第一章 中井庄五郎を知っていますか