連載
明治維新直前に死んだ男たち
第六章 『奇は貴なり』の終章 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

「将軍さまは、どうなるんどすか?」
 豆助が、きいた。
「そうか。君は徳川慶喜が好きなんだ。新しい政府が出来て、その代表になる」
 と、中岡は、あくまでまじめだ。
「それなら、よろしおす」
 豆助は、ニッコリした。
 最初のうち、豆助は、お酌に徹していたが、そのうちに龍馬たちにすすめられるままに、自分でも飲むようになり、夜が明ける頃には、四人とも酔いつぶれてしまった。
 その時、突然、下の玄関口が激しくノックされた。
 龍馬と慎太郎が、眼をむいて起き上がる。庄五郎は、それを手で制して、
「私が見てきます」
 と、刀をつかんで、階段を下りて行った。
 すぐに戻ってくると、
「大阪から早飛脚で、これが」
 と、分厚い手紙を差し出した。
「早くも、新政府に進展があったか」
 龍馬が、手紙の封を切った。
 少し酔いの残った眼で手紙を読んでいたが、途中から、龍馬が、獣のような唸り声をあげた。
 横からのぞき込んだ中岡慎太郎が、叫び声をあげた。
「馬鹿な! 何だこれは!」
 と、叫ぶ。
 二人が目を通す手紙には、後藤象二郎の大きな字があった。

「会議決裂。見事に裏切られて候」

 龍馬は、すでに冷静な、というより冷徹な眼になって、先を読んだ。
(いったい、何があったのか?)
 土佐藩主山内容堂が建議し、将軍徳川慶喜が大政奉還を申し出て、この儀式は無事に終了し、新しい政府が発足した。
 長州藩は顔を出していなかったが、薩摩藩を代表して、小松帯刀が賛成の意を表したので、ホッとしていたのである。
「ところが、同日一四日、薩摩藩と長州藩に『倒幕』と『賊臣慶喜の殺戮(殺害)』を命ずる密勅が出ていた」
 というのである。

「これ、明らかに朝廷と両藩の策謀にして、特に薩摩には欺されたと思う口惜しさあり」

 後藤象二郎の筆は乱れに乱れて、ところどころに、筆先を突き刺した穴があいている。



〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
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第三章 奇は貴なり2
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第二章 十津川村と明治維新2
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第一章 中井庄五郎を知っていますか2
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