連載
明治維新直前に死んだ男たち
第六章 『奇は貴なり』の終章 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 庄五郎が、笑って、
「それに対して、幕府軍は一万五千はいるといわれていますから。その一万五千の幕府軍に、薩長が敵うはずがありませんよ」
「違うんだよ」
 と、龍馬が、いった。
「どこが違うんですか?」
「武器だよ」
 と、いった。
「これからの戦で、勝敗を決めるのは兵士の数ではなくて、武器の性能とその数だ」
「どんなふうに違うんですか?」
 と、庄五郎が、眼を光らせた。
 薩長と幕府の戦争には、さして興味はないが、両者が使う武器となれば興味が湧いてくる。龍馬が説明した。
「幕府軍が現在使用している銃は、ゲベールという洋銃で、優秀な銃ではあるが、一昔前の性能しか持っていない。それに対して長州と薩摩は、更に新しいスナイドル銃を七千丁以上持っている。幕府軍のゲベール銃は、有効射程が五〇mから一〇〇m。それ以上飛んでも命中率が低くなってしまう。対して、薩長の持っているスナイドル銃は、有効射程が三〇〇mから五〇〇mもある。命中率もゲベール銃に比べて、五倍は命中率がいいといわれている」
「どうして、そんなに性能が違うんですか?」
「私も構造はよく知らないが、スナイドル銃の銃身には、内側に螺旋状の線条がつけられていて、そのために弾丸がまっすぐ飛ぶ。だから、命中率もよくなっているといわれている。例えば、君の右腕は、普通の人よりも一尺は長いといわれているだろう? だから、同時に抜き合えば、相手は君の体に剣が届かないが、君の剣は、相手を斬っている」
「そうです。だから、私は気合負けしなければ、誰にも負けることはありません」
「ゲベール銃とスナイドル銃の違いは、そこなんだ。スナイドル銃を持った兵士は、敵の兵士の届かぬところから撃って、相手を倒すことが出来る。相手は、ただ殺されるだけだ。従って、幕府軍と薩長軍との戦いは、薩長による、無慈悲な皆殺しになってしまうだろうと、私は思っているんだ」
 と、龍馬は、いった。
 そのスナイドル銃を、薩摩の金を使って長州に売ったのは、考えてみれば龍馬なのである。それは、幕府軍と薩長との戦いを予想したものではなかった。両者の戦いを止めるためのスナイドル銃だったのだ。
 しかし、それが今度は、戦争の勝敗を決めようとしている。
「すぐに大阪に行き、西郷に会う。西郷を何とかして説得する」
 龍馬が、叫んだ。
「私も行く」
 と、中岡慎太郎も、いった。
「西郷が承知しなければ、斬るつもりだ」
 と、龍馬が、いった。
「私も行きます」
 と、庄五郎が、いった。
「いや、君は京都に残ってくれ」
「どうしてですか? 坂本さんは、これから危険な大阪に行くんでしょう? 護衛の私も行くべきでしょう」
「いや、君がついてきたら西郷が不安がって、私に会うのを、拒否するかもしれない。だから、君には、京都に残って京都の町を見張っていて欲しいんだ」
「京都でも、また戦争が始まるんですか?」
 と、庄五郎が、きいた。
「偽の詔勅だが、倒幕の詔勅が出たとなれば、勤皇の浪士たちは、また京都市内で幕府方の人間を、天誅と称して殺すだろう。当然、相手も刀を振るってくる。特に、新撰組が心配だ。そうした京都の空気を、君に何とか抑えて貰いたいんだよ。そうしないと、たちまち、大阪から京都に飛び火して、更に京都から江戸に飛び火することになる。君には、それを防いで欲しい」
 そういった後、龍馬は、風呂場で水を浴び、酔いを覚ましてから中岡慎太郎とともに、大阪に向って出発していった。



〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき
第三章 奇は貴なり2
第三章 奇は貴なり
第二章 十津川村と明治維新2
第二章 十津川村と明治維新
第一章 中井庄五郎を知っていますか2
第一章 中井庄五郎を知っていますか