連載
明治維新直前に死んだ男たち
第六章 『奇は貴なり』の終章2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura



 大阪の戦争は、まだ始まっていなかった。幕府軍の主力は、すでに大阪に集まっていたが、それに味方する小藩の兵士たちの集まりが悪かった。
 さらにいえば、小藩の兵士たちを見て、龍馬は愕然とした。
 武器も旧式だし、何よりも洋式訓練を受けていないことが、すぐに分かった。だらだらとしていて戦意もなく、統制も取れていないのだ。
 最も戦意が高く、洋式訓練をしているのは、木戸孝允や高杉晋作が率いる長州勢だった。
 これから戦争が始まるというのに、兵士たちは鎧もつけず、兜も被っていない。
 しかし、これが現代戦に似合う兵士なのだ。よく見れば、長い激しい訓練をしてきたことが分かる統制の取れた軍隊で、しかも全員が、スナイドル銃を手にしていた。そして、その数七千。
 今なら、両者が衝突しても、長州勢の勝利は動かないだろうと、龍馬は、判断した。
 それでも長州勢が動かないのは、薩摩軍の動きが遅れているからである。大阪には百人足らずの兵士たちしかいなかった。主力の千五百人は、まだ到着していないのである。
 龍馬としては、それを見て、まだ間に合うかもしれないと、思った。その間に西郷に会って説得できれば、この戦争は防ぐことが出来る。
 龍馬は、中岡慎太郎と二人で必死になって、西郷の居所を捜した。
 だが、西郷は見つからない。長州勢の集まっている場所にも行き、木戸に会って、
「西郷さんに会いたいのだが、居所を知りませんか?」
 と、聞いた。
 木戸は、視線をそらして、
「西郷さんに会いたければ、薩摩に聞いたらどうだ。こちらには西郷さんは来ていない」
 と、いう。
 その言葉で、龍馬が感じたのは、西郷が自分たちを避けている、ということだった。
 すぐ薩摩屋敷に戻って大久保に面会し、
「何としてでも西郷さんに会いたい。会わせてくれ」
 と、頼んだ。
「西郷さんは、すでに大阪を発って京都に行っている」
 と、大久保が、答える。
(この男は信用できない)
 と、龍馬は思いながらも、他に聞く相手も見つからないので、龍馬は、中岡慎太郎を大阪に残して、自分は、また京都に引き返した。
 その足で、京都の薩摩屋敷を訪ねてみた。が、そこにも西郷の姿はなかった。
 屋敷の留守番をしている藩士に聞くと、
「軍勢の状況が遅いので、西郷さんは昨日、督促のために薩摩へ戻られました」
 その言葉も、龍馬には信用出来なかった。たぶん、鹿児島に行っても西郷には会えないだろう。そう思って迷っているうちに、大阪から中岡慎太郎が、戻って来た。
「西郷は、われわれには会わないつもりだ。そうなれば捜し出すことは難しい」
 と、中岡慎太郎は、強張った表情で、いった。
 倒幕と慶喜を殺せという詔勅の話は、すでに京都にも聞こえていて、龍馬が予想した通り、京都市内も騒然としていて、勢いを得た勤皇の浪士たちが天誅を叫んで、幕府方の人間、例えば、見廻り組や、新撰組の隊士たちと斬り合うのだ。龍馬や中岡慎太郎が西郷を捕まえて、倒幕を止めさせようとしていることも、すでに広まっている。
 こうなると、勤皇の志士たちにとって、あるいは薩長にとって、坂本龍馬と中岡慎太郎は、倒幕派にとっては邪魔な存在になってくる。
 そうなれば、龍馬や中岡慎太郎の敵は幕府方だけではなくて、勤皇の志士たちにも狙われることを、覚悟しなければならなくなった。
 その証拠に、二人は薩摩屋敷を訪ねた後に、いきなり天誅を叫ぶ勤皇の浪士二人に斬りつけられた。そこに庄五郎が駆けつけて、浪士一人を斬り捨て、一人を追い払った。



〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき
第三章 奇は貴なり2
第三章 奇は貴なり
第二章 十津川村と明治維新2
第二章 十津川村と明治維新
第一章 中井庄五郎を知っていますか2
第一章 中井庄五郎を知っていますか