連載
明治維新直前に死んだ男たち
第六章 『奇は貴なり』の終章2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 その後、近江屋に戻って落ち着いてから、庄五郎が笑って、いう。
「坂本さんも中岡さんも、これで天下の大悪人になりましたね。みんなが、お二人を天誅の相手に選びましたから」
 その言葉に、龍馬は、ほとんど反応しなかった。
 今、彼の頭にあるのは、危機感よりも西郷に会えない口惜しさだった。なぜ自分を避けているのか。ひょっとすると、西郷は最初から自分を騙すつもりで近づき、薩長連合を成就させることに利用したのではないのか。
 二度目に大阪の薩摩屋敷を訪ねた時には、こんなことがあった。
 最初に訪ねた時、百人足らずだった兵士の数は、五百人になっていた。
 龍馬が、しつこく西郷の行方を聞くうちに、隊長が突然、号令をかけて十二人による実射訓練が始まった。
 十二人の兵士は、連日の訓練で着ているものは薄汚れている。まるで半裸に近い。そこに幕府軍のきらびやかさはない。鎧もなく、陣笠もない。西洋風の靴を履いている者もいるが、中には素足の者もいた。
 一見すると、雑兵の集まりのようだ。が、持っているものは全て、最新式のスナイドル銃なのだ。
 彼らは走り、立て膝になり、時には腹這いになって撃ち続ける。連発銃だから、絶え間のない銃声とともに、標的が次々に粉砕されていく。
 見ているうちに、龍馬は気づいた。
 この軽装、この雑兵集団こそ、スナイドル銃に似合う現代の兵士なのだ。
 鎧に陣笠で飾り立てた幕府軍は、一昔前の軍隊なのだ。
「幕府は敗けるね」
 と、中岡慎太郎が、呟いた。
「それでは、単なる権力の移動だ」
 と、龍馬は、いった。
「それも、悪い移動だ。教養のある世界情勢に通じる権力から、凶暴なだけの権力への移動だからだ。それは、絶対に止めなければならない」
 突然、隊長が叫び、スナイドル銃を持った薩摩兵に、龍馬と慎太郎が囲まれた。
「よく聞け!」
 と、隊長が、大声で、叫んだ。
「西郷さんは、お前たちには会わん。これ以上、面会を強要すれば、命を落とすことになるぞ!」
 それから、一週間経った一一月一五日の京都。二人を心配して、一刻もそばを離れない庄五郎に向って、龍馬が、
「疲れただろう。今日は、われわれの警護は必要ない。だから、例の好きな女に会いに行って来い」
 と、いった。
「それは出来ません」
 それに対して、龍馬が、続けた。
「正直にいうが、君が、われわれに張りついていると、危険な人間は近寄って来ないが、同時に、私たちに必要な情報も入って来なくなるんだ。だから、今日一日、私たちから離れていてくれ。私としては二人だけで、薩摩屋敷に行ったりして薩長の情報を聞いてくるから」
「そういわれたら、仕方ありません。一日だけ休ませて貰います。くれぐれも気をつけてくださいよ」
 庄五郎は、いった。
 近江屋を出ると、庄五郎は、まっすぐ豆助のいる妓楼に向った。豆助に会うなり、庄五郎は、
「すぐ酒にしてくれ」
 と、頼んだ。
 久しぶりに豆助に会ったのに、なぜか寂しい。酒が飲みたくなってくる。それは、龍馬の言葉のせいだった。
(初めて龍馬に邪魔にされた)
 という気持ちが、彼を寂しくさせているのだ。
「私も寂しいから、一緒に飲みましょう」
 と、豆助が、いった。
 豆助も酒が強い。二人で飲み比べをする。いつもなら庄五郎が勝つのだが、今日はなぜか、いや理由があって、庄五郎が先に酔い潰れてしまった。



〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき
第三章 奇は貴なり2
第三章 奇は貴なり
第二章 十津川村と明治維新2
第二章 十津川村と明治維新
第一章 中井庄五郎を知っていますか2
第一章 中井庄五郎を知っていますか