連載
明治維新直前に死んだ男たち
第六章 『奇は貴なり』の終章2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 翌朝遅く眼を覚ましたが、枕元の飲み残した酒を口に運んだ。その後、また酔い潰れて寝てしまった。
 豆助に体を揺すられて、庄五郎は眼を覚ました。
「坂本さんに会いに行かなくてよろしいんどすか?」
 と、眼の前の豆助の顔が、きく。
「少し離れたほうがいいんだ。坂本さんに、そういわれた」
「でも、坂本さんは、大事な人と違うんどすか?」
「大事なのは、お前だ」
 庄五郎の言葉に、豆助は、笑った。
「本当に、あなたが好きなのは、女の私じゃなくて、男の坂本さん。だから、拗ねていないで、すぐ会いに行ったらどうどす?」
「いや、意地でも今日は会いたくない」
「それなら、私が坂本さんにお会いして、あなたがここにいることを知らせて来ます」
 そういうと、庄五郎が止めるのを振り切って、店を出ていった。
 それから一刻して、豆助が、駆け戻って来た。ぜいぜいと息を吐き、泣いている。
「坂本さん、死にはりましたえ」
 庄五郎は訳が分からず、
「何だって?」
「坂本さん、死にはりましたえ」
 と、泣きながら、豆助が繰り返した。
「坂本さんが死んだのか?」
「死にはりました」
「馬鹿な!」
 と、叫びながら、庄五郎は刀を掴むと、寝間着姿で飛び出し、近江屋に向って走った。走りながら、
「ちくしょう、畜生!」
 と、叫んでいた。
 近江屋の前は、人だかりがしていた。奉行所の役人が、門の前に立っている。入ろうとすると、止められた。中から検死を終えた与力が出て来る。
 続いて、薩摩藩士の西郷と若い侍が出て来た。その西郷に、庄五郎が飛びついた。
「坂本さんが死んだって、本当ですか!」
「残念ながら、本当ですよ。昨夜、中岡慎太郎さんと二人、殺されました。これから死体を薩摩屋敷に運びます」
「誰が殺したんですか?」
「新撰組だと、みなさんがいっています」
「間違いないんですか?」
「間違いありませんね」
「私が、絶対に仇を討ってやる」
 と、庄五郎がいうと、西郷は、大きな眼を向けて、
「ぜひ、坂本さんの仇を取ってください。私は、これから大阪へ戻らなければならないので、あなたに全て任せますよ」
 といって、ゆっくりと立ち去った。
「新撰組か……」
 と、庄五郎は、呟いた。
(絶対に仇を討つ)
 その時、こらえていた涙が、どっと流れた。
 翌日から庄五郎は、狂人のように京都市内を走り廻った。それは、一匹の狂犬に似ていたし、猟犬にも似ていた。
 誰もが彼を避けた。新撰組の誰が坂本龍馬を殺したのか。それを知りたくて、庄五郎は、京都の新撰組の若い隊士を、一人二人と斬っていった。
 だが、分からない。



〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
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第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
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第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
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