連載
明治維新直前に死んだ男たち
第六章 『奇は貴なり』の終章2 西村京太郎 Kyotaro Nishimura

 下っ端の隊士が、龍馬と中岡慎太郎を殺したとは、庄五郎は思っていない。土方歳三や斉藤一、沖田総司、そうした腕の立つ連中が殺したのだ。
 だが、そんな庄五郎を警戒し、新撰組のほうも、彼に近づいて来なかった。
 ある日、庄五郎に、若い侍が近づいてきた。庄五郎よりも二、三歳年上の浪士である。
「陸奥宗光です」
 と、その侍が、名乗った。
「私は長崎で、坂本先生の指揮する海援隊に入っていました。その坂本先生が殺されたと聞いて、この京都に、やって来ました。あなたが坂本先生の仇を討とうとしているのを聞いたのですが、ぜひ仲間に入れてください」
 海援隊の話は、龍馬から聞いていた。その海援隊である。
 陸奥宗光は、自分の他にも、若い海援隊の隊士が坂本先生の仇を討とうとして、京都に来ていますと、いった。
 少しずつ、龍馬の仇を討とうとする若者たちが集まって来た。海援隊の隊士もいれば、龍馬と同じ脱藩の者もいた。その数が十五、六人に増えていく。新撰組に対する情報も集まってくる。
 陸奥宗光が、いった。
「早く坂本先生の仇を討たないと、大阪で戦いが始まってしまいます。そうすると、新撰組は、幕府軍に加わるために京都を離れ、大阪へ行ってしまいます。そうなる前に坂本先生の仇を討ちたい」
 そして一二月七日。京都は寒く、吐く息も白くなった。
 陸奥宗光の仲間が、一つの情報を持って来た。京都市内の天満屋に、新撰組の隊士二十人近くが泊っているという情報だった。その中には土方歳三、沖田総司、斉藤一、永倉新八という、そうそうたる新撰組の幹部が集まっているらしい。
「そんなのは、何ともない。その全員を皆殺しにして、私は、坂本さんの仇を討つ」
 庄五郎は、自分に、いい聞かせた。
 しかし、他の隊員たちは、黙っていた。
 その日。全員で十六人。天満屋で集まっている新撰組の隊士二十人に向って斬り込んだ。先頭はもちろん、中井庄五郎である。
 庄五郎の前に、大柄な影が立ち塞がった。土方歳三。
「狂人か。名を名乗れ」
「中井庄五郎! 坂本龍馬の仇を討つ!」
 土方歳三に向って、いきなり刀を抜いて斬りかかった。そのとたん、何たることか、庄五郎の刀が鍔元から折れてしまったのだ。
 それを見て、横から新撰組の若い隊士が斬り込んでくる。その手を掴んで相手の手に噛みつき、刀を奪って、今度は土方歳三に斬りつけた。
 いつもの冷静な庄五郎ではなくなっていた。
 坂本龍馬の仇を討つ。その一念だけで眼の前の敵と切り結んでいた。
 なぜか少しずつ、周囲の音や声が消えていく。
 近くにいた陸奥宗光の姿が見えなくなった。他の仲間も消え、いつの間にか、庄五郎は床に倒れていた。
 静かだった。
 新撰組の姿も、庄五郎の仲間も消えていく。
 たった一人、天満屋の座敷の真ん中に、庄五郎の死体が横たわっている。右手に持った刀は、鍔元で折れていた。
 享年二十一歳。日本で一番、坂本龍馬が好きだった若者が、慶応三年一二月七日、まもなく明治の世を迎える日に死んでいったのである。
 しかし、―――――。

おわり


 これで小説は終わっていた。
 十津川は、本を置いた。
(妙な終わり方だな)
 と、思った。
(この『しかし、―――』というのは、何なのだろうか?)
 十津川は、中井庄五郎について、改めて調べてみることにした。
 明治維新を作った功労者といえば、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允、岩倉具視といった名前が浮かぶが、中井庄五郎の名前は出て来ない。
 無名の若者なのだ。
 最後がどうなったかを書いたものはあった。
「坂本龍馬の仇を討つため、新撰組が京都天満屋に集まっているのを知った慶応三年一二月七日、仲間とともに斬り込んだ。
 不覚にも刀の刃が鍔元から折れ、斬られて死ぬ。二十一歳。この時、双方で数十人の乱闘だった。負傷者は数人出たが、死者は、中井庄五郎ひとりだけだった。
 故郷の十津川村に顕彰碑が建ち、正五位を贈られている」
(ひとりしか死ななかったことが「しかし、―――」なのだろうか?)
 それとも他に何かあるのだろうか?
 十津川は、それを知りたくなった。

【つづく】



〈プロフィール〉
西村京太郎(にしむら・きょうたろう)
1930年東京生まれ。63年にオール讀物推理小説新人賞、65年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞、81年『終着駅殺人事件』で日本推理作家協会賞、2004年には日本ミステリー文学大賞を受賞。鉄道ミステリーの第一人者。
Back number
第七章 若き志士と現代の若者たち(最終回)
第六章 『奇は貴なり』の終章2
第六章 『奇は貴なり』の終章
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件2
第五章 『奇は貴なり』の続きと事件
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき2
第四章 小説『奇は貴なり』のつづき
第三章 奇は貴なり2
第三章 奇は貴なり
第二章 十津川村と明治維新2
第二章 十津川村と明治維新
第一章 中井庄五郎を知っていますか2
第一章 中井庄五郎を知っていますか