よみもの・連載

御茶ノ水署シリーズ

影のない女(後編)

逢坂 剛Gou Ousaka

「戸塚と、高梨の仲立ちをしたのは、おそらく〈ブライトン〉の木下だろう」
「木下が、一枚かんでる、とね。そう考える、根拠があるのか」
「もちろん、ある」
 自信ありげな斉木の返事に、梢田はそのまま先を続けた。
「だとしても、木下はどうやって二人を、結びつけたのかな。たまたま、二人と顔見知りだったというのは、偶然すぎるだろう」
 斉木は、ちらりと梢田を見たものの、その問いかけを無視した。
 不満を覚えながら、梢田は腕を組んで話を変えた。
「ところで、この一件に高梨がからんでいたとなると、保一の大西係長もそのあたりの事情を、全部承知していたということになるな」
「まあな。おれたちは、好むと好まざるとにかかわらず、やつらのお先棒をかついじまったわけさ」
 斉木はあっさりと言い捨て、からになった湯飲みをずずず、とすすった。
 ふだん、保安一係の大西哲也(てつや)に対して、いつも敵愾心(てきがいしん)をむき出しにする斉木が、今度ばかりはまるで別人のようだ。
 梢田は、遠慮せずに聞いた。
「あんたが、保一にまんまと鼻を明かされて、黙っているのはおかしいぞ。体の具合でも悪いのか」
「別に悪くない」
 即答する斉木に、なおも食い下がる。
「それなら、あの女がマトリかもしれない、というだけで腰が引けたのか」
 斉木がじろり、という目つきで梢田を見る。
「この件に、マトリがからんでいようがいまいが、おれは屁(へ)とも思わん。ただおぼっちゃまくんが、この一件を裏で仕切っているのが、腑(ふ)に落ちないだけだ」
「おぼっちゃ」
 梢田は途中でやめ、背筋を伸ばした。
「立花課長がからんでるって、どんな風にだ」
「詳しいことは、おれにも分からん。ただ、おまえが片付けたこの事件を、保一の扱いに回しちまったところに、何かにおうものがある」
 斉木の意味ありげな口ぶりに、梢田も立花のやり方にいささか、不審を覚えた。
 それでも、そんな疑念を振り払って、もっともらしく言う。
「まあ、御茶ノ水署への着任祝いで、高梨に花を持たせたんだろう。管理職らしい発想じゃないか。気にするのはよせよ」
 多少、慰めになりそうなことを口にすると、斉木は鼻で笑った。
「そいつは、ありそうもないことだな。もしそうなら、おれたち二人を巻き込む必要は、ないじゃないか」
 梢田は、妙にさめた態度の斉木の様子に、めんくらった。どう考えても、ふだんの斉木とは、おもむきが違う。
 テーブルの上に、顔を突き出した。
「はっきり言え。おれに黙ってることが、まだ何かあるんだろう。立花課長から、ほかにもいろいろと、言われたんじゃないのか」
 斉木は顎をなでた。
「それは、神のみぞ知る、だな」

プロフィール

逢坂 剛(おうさか・ごう) 1943年東京生まれ。80年「暗殺者グラナダに死す」で第19回オール讀物推理小説新人賞を受賞。86年に刊行した『カディスの赤い星』で第96回直木賞、第40回日本推理作家協会賞、第5回日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。2014年、第17回日本ミステリー文学大賞を受賞。15年『平蔵狩り』で第49回吉川英治文学賞を受賞。「百舌」シリーズ、「御茶ノ水署」シリーズほか著書多数。

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