よみもの・連載

御茶ノ水署シリーズ

地獄への近道

逢坂 剛Gou Ousaka

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「これで映画館、といえるのかね」
 梢田威(こずえだたけし)が、首をひねりながら言うと、五本松小百合(ごほんまつさゆり)は肩をすくめた。
「まあ、映画館とはうたっていませんが、映画をやる以上は映画館の一種でしょう」
 神田神保町(かんだじんぼうちょう)の、人も知るすずらん通りの一本裏手、という好立地だ。そんな狭い裏通りに、映画館などできるはずがない。
 あらためて、二階建ての古いモルタルの建物を、仰ぎ見る。
 一階はもと、なんとかいう中華料理店だったが、だいぶ前に閉店してしまった。
 ガラス戸は閉じられたままで、カーテンが引かれているため、中の様子は分からない。
新しいテナントは、まだはいっていない。
 横手の、鉄製の階段ののぼり口に、〈クラシック映画・ミスミ鑑賞館〉と書かれた、木の札が見える。
 階段を上がった二階に、同じ広さのフロアがあるのだ。
 こちらは、ときどきテナントがはいるようだが、梢田の知る限り入れ替わりが激しく、めったに定着したためしがない。
 そもそも、二十五平米程度のスペースしかないので、ギャラリーとかアクセサリー、小物のショップなど、その種のテナントばかりだった、と記憶している。
 そこへ今度、映画館ができたというのだから、耳を疑いたくもなる。
 もっとも、法的には映画館として認められず、映写もできるフリースペース、というかたちでオープンしたらしい。防音装置も、ちゃんとほどこされている、とのことだ。
 小百合によると、入場できる客の数は二十人が限度で、インターネットで予約した客しか、はいれない。
 料金は、ネットバンキングによる前払いとかで、すでに小百合が払い込んでいた。一人三千円だから、決して安いとはいえない。
 上映されるのは、一九四〇年代から五〇年代にかけて製作された、ハリウッドのクラシック作品に限られる。しかも、どんな映画かは始まる直前まで、明かされないという。
 そう聞くと、いかにも妙な期待を抱かせる雰囲気だが、別にあやしい映画をやるわけではなさそうだ。
 また、一作品の上映はその日一回限りで、同じ映画は基本的に再上映しない、という。なんとも、変わったシステムの映画館らしい。
 そんなこんなを考え合わせると、主たる対象は中高年以上の世代で、客層はおおむね前期後期の高齢者、と推定される。
 それにしても、その世代でパソコンを使いこなし、ネットバンキングまでできる高齢者が、どれだけいるかあやしいものだ。身近にいる、パソコンの得意な人間に頼んで、チケットを取ってもらうしか、ないだろう。
 ともかく、梢田たち二人のそばをすり抜けて、鉄階段をたどたどしい足取りでのぼるのは、かなりの高齢者ばかりだ。
 それを見るかぎり、客は年を取った男性がほとんどで、若くても五十代がいいところだろう。まして女性は、夫婦らしい二人連れの片割れ、ただ一人だった。

プロフィール

逢坂 剛(おうさか・ごう) 1943年東京生まれ。80年「暗殺者グラナダに死す」で第19回オール讀物推理小説新人賞を受賞。86年に刊行した『カディスの赤い星』で第96回直木賞、第40回日本推理作家協会賞、第5回日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。2014年、第17回日本ミステリー文学大賞を受賞。15年『平蔵狩り』で第49回吉川英治文学賞を受賞。「百舌」シリーズ、「御茶ノ水署」シリーズほか著書多数。

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