地獄への近道
逢坂 剛Gou Ousaka
梢田にすれば、まるで聞いたことのないタイトルだが、ジェームズ・ギャグニーの名前には、聞き覚えがあった。
戦前から、よく知られたギャング役者で、顔もちゃんと承知している。
子供のころ、テレビ放映の古い西部劇を見ただけだが、ちびのくせにやけに威勢のいい役者だな、と感心した記憶がある。
梢田は首を傾け、小百合にささやきかけた。
「今、ジェームズ・キャグニーと言ったが、あれはギャグニーの間違いだろう」
小百合も体を寄せて、ささやき返す。
「いいえ。キャグニー、が正しいです。お年寄りのファンには、ギャグニーと思っている人が、多いですけど」
梢田はむっとした。
「おれは、年寄りじゃないがね」
今まで知らずにいたことと、それを小百合に指摘されたことで、少し落ち込む。
しかし、どう考えてもキャグニーよりギャグニーの方が、言いやすいではないか。
ミスミが続ける。
「初めての監督作品だからでしょうか、キャグニーは映画の冒頭にわざわざ顔を出して、観客に挨拶しています。めったにない例ですが、それだけこの作品に力を入れたことが、伝わってきます。それが報われたかどうかは、これからのお楽しみです。ついでながら、この作品は日本ではビデオ化も、DVD化もされていません。また、テレビ放映がされたかどうかも、確認されておりません。そのため、わたくしが字幕を作成いたしましたので、あるいは間違い等があるかも知れません。その点はあらかじめ、おわびしておきます。また終了後、この作品についてご説明するとともに、ご質問等がございましたら、お受けいたしますので、よろしくお願いします」
一呼吸おいて、おもむろに宣言した。
「それでは、始めさせていただきます」
ミスミは壁から離れ、パーティションで仕切られた、室内の一角へ姿を消した。
次いで、照明がフェイドアウトするとともに、真っ白な壁に白黒の画面が、映し出される。
確かに、監督ジェームズ・キャグニー(James Cagney)、と書かれたディレクターズチェアの大写しから、カメラが引いて後ろ向きのキャグニーが、立ち上がる。
キャグニーは、こちらに向き直って、話し始めた。
「映画製作には、いろいろな要素があります。照明、カメラ、フィルム、小道具等々。その中で、もっとも大切な要素の一つは、俳優のキャラクターです。今回、さいわいにもわたしは、二人のすぐれた新人に、恵まれました。ロバート・アイヴァースと、ジョージアン・ジョンスンです」
かなりの早口なので、字幕が追いつかないほどだ。
どちらにせよ、二人とも梢田の知らない俳優だった。
それが終わって、画面にタイトルが出る。
〈Short Cut to Hell〉
英語が、というより日本語以外はまるで苦手な梢田にも、邦題の『地獄への近道』がもろの直訳だ、くらいはなんとか分かった。