よみもの・連載

御茶ノ水署シリーズ

地獄への近道

逢坂 剛Gou Ousaka

 このような場所で、小百合が弁舌を振るうのを目にするのは、初めてのことだ。
 ミスミが、眉根を寄せて応じる。
「おっしゃるとおり、この新旧二本の映画化作品に限れば、ヴェロニカよりジョージアンの方がいい、と思います。ただ、ネットなどで調べた範囲では、ジョージアンはこの作品の前にもあとにも、ほとんど映画に出ていませんね。そのかわり、テレビの仕事では引っ張りだこで、かなり長い年月活躍したようです。テレビ出演は、ドラマだけでも百本を超えています。落ち着いた演技からも分かるように、『地獄への近道』に出たころには、すでに三十歳を超える中堅女優でした。演技派として、もっと映画で活躍してほしかった、そういう女優の一人だと思います。どちらにしても、ご満足いただけるお答えができなくて、申し訳ありません」
 こちらもなかなか、力のこもった回答だった。
 五本松が、礼を言ってすわり直す。
 そのあと、質問する者がだれもいなかったので、鑑賞会はお開きになった。
 ぞろぞろと、会場を出て行く客たちに逆らうように、席を立った小百合が梢田に断わって、榊原の席に近づいた。
 体をかがめ、何か話しかけている。
 映画好き同士で、何か情報交換でもするつもりだろうか。
 梢田はそのすきに、壁際に立って客を見送るミスミのそばへ、さりげなく近づいた。
「いや、おもしろい映画でした。ところで次回は、何をやるんですかね」
 話のきっかけに声をかけると、ミスミはくるりと瞳を回した。
「ノー、ノー。それは、次回の上映が始まるまで、お教えできないことになっています。ご興味がおありでしたら、今度の木曜日のチケットをお買いになって、またお越しください。いつでも、ウエルカムです」
 そこへ、席を立った榊原が小百合と一緒に、そばにやって来た。
 榊原は、軽く手を上げてミスミに挨拶し、切り口上で言った。
「ちょっとお尋ねしますが、こんなふうに料金を取ってDVDを映写するのは、法律で禁じられてるんじゃありませんか」
 やぶからぼうの指摘に、ミスミは唇を引き締めた。
 砲弾を装填するように、胸の上でぐいと腕を組む。
「もちろん、無断で上映すれば違法になりますが、わたくしどもの場合はきちんと、発売元の了解のもとに上映しております」
「入場料のうち何パーセントかを、使用料として発売元に支払っておられる、ということですか」
 ミスミは腕を揺すり、砲弾を突き出した。
「契約内容については、何も申し上げられません。もしかして榊原さんは、DVD上映権管理協会か何かの、調査員のかたですか」
 榊原は、おおげさにいえばのけぞってみせ、首を振った。
「いや、違います。そんな協会があることも、知りませんね。ただ、ちょっと興味があったもので、お尋ねしただけです」
「アメリカ映画の場合、一九五三年以前に製作された映画は、パブリック・ドメイン(著作権消滅作品)とされて、自由にソフト化できるようになっています」
 ミスミの口調は、いくらか挑戦的だった。

プロフィール

逢坂 剛(おうさか・ごう) 1943年東京生まれ。80年「暗殺者グラナダに死す」で第19回オール讀物推理小説新人賞を受賞。86年に刊行した『カディスの赤い星』で第96回直木賞、第40回日本推理作家協会賞、第5回日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。2014年、第17回日本ミステリー文学大賞を受賞。15年『平蔵狩り』で第49回吉川英治文学賞を受賞。「百舌」シリーズ、「御茶ノ水署」シリーズほか著書多数。

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