地獄への近道
逢坂 剛Gou Ousaka
3
翌日の昼。
斉木斉と梢田威、五本松小百合の三人は、山の上ホテルのステーキハウスで、豪勢な昼食をとっていた。
おそらく、一生に一度しかないだろうが、大穴馬券を当てたという斉木が、二人におごると言い出したのだった。
斉木はまじめくさって、前日の管理職研修のばかばかしさを、身振り手振りよろしくしゃべりまくった。
それが一段落するが早いか、梢田と小百合は口ぐちに、前夜のミスミ鑑賞館での出来事を、斉木に話して聞かせた。
ナイフとフォークを使いながら、斉木はしきりにむだ口を挟んで、話の腰を折ろうとする。
「要するに、ついたての陰から出て来た女は、その榊原という妙なじいさんの、元愛人だったわけだな」
小百合は、さもうれしそうに言った。
「そうなんですよ、係長。会ったのは、ざっと二十年ぶりなんですって」
そのうきうきした口調にあきれて、梢田はステーキにかぶりついた。
斉木が続ける。
「それにしてもそのばあさんは、よくそんなまどろっこしい手を使って、榊原を捜し出そうとしたもんだよな」
「それはつまり、会いたいような会いたくないような、アンビバレントな感情からきたもの、と解釈していいと思います。おみくじを引いて、吉と出たらもうけものといった感じで、やっぱり二人は縁があったんだわ、なんて。ねえ、梢田さん」
そう言って、小百合は応援を頼むように、梢田を見る。
しかたなく、梢田もうなずいてみせた。
ミスミ・スタウデンマイアは、もとの日本名を飛島美寿実(とびしまみすみ)、といった。
パーティションの陰に隠れ、様子をうかがっていた女は、美寿実の母親と分かった。
名前は、飛島悠子(ゆうこ)。
前夜の男は、あとで榊原壮一郎(そういちろう)と正式に名乗ったが、悠子とはかなり昔、愛人関係にあった、という。
悠子は、美寿実とは逆に古風な感じの、おとなしい女だった。榊原とほぼ同じ、六十代半ばに見えた。
悠子によると、こういう話だ。
榊原は、だれもついていけない映画マニアで、双葉十三郎や増渕健、津神久三、川本三郎といった評論家の著作や、長年買い集めたプログラム、映画ソフトなど、大量の資料を所有していた。
仕事も、映画と縁の深い映像ソフト会社の、プロデューサーだった。
一方の悠子は、その当時税理士だった稲田章介(いなだしょうすけ)の妻で、ごく平凡な生活を送っていた。悠子は、古い映画を上映する映画館で、初めて榊原と出会い、食事と酒に誘われた。
そこで、酒食をともにしつつ、熱烈に口説かれた。榊原は男前で、映画に関する話題も、豊富だった。
やはり映画が好きで、あまり世間ずれしていない悠子は、それで頭に血がのぼってしまった。