よみもの・連載

御茶ノ水署シリーズ

地獄への近道

逢坂 剛Gou Ousaka

  二人が、不倫関係におちいるのに、さして時間はかからなかった。
 それどころか、一年とたたぬうちに悠子は夫を捨て、榊原のマンションに転がり込んで、同棲(どうせい)生活を始めたという。
 そのころ、一人娘の美寿実は長期留学で、アメリカへ行ったきりだった。
 夫の稲田は、酒を飲んでは暴力を振るい、挑みかかるのが常だったから、悠子に悔いはなかった。
 悠子自身、ビジネス関係の通訳や翻訳の仕事をしており、ある程度の収入があった。
 ただし、夫の稲田が離婚に応じないため、すっきりしない状態が続いた。
 そうこうするうちに、二年ほどして今度は榊原に、新しい愛人ができた。
 榊原は、だいじにしていた映画関係の貴重な資料、手放したくないソフト類をリュックサックに詰め、前触れもなくマンションから姿を消した。
 悠子はしかたなく、賃貸マンションの名義を自分に書き換え、一人暮らしを始めた。
 榊原も、新しい愛人のマンションに、転がり込んだまではよかった。しかし、取り返しのつかない失策を犯したことに、気がついた。
 コレクションの中でも、最高に貴重な『地獄への近道』のDVDを、持たずに出て来てしまったのだ。
 DVDの再生機に入れたまま、取り出すのをうっかり忘れた、という。
 さんざん悔やんだものの、取りにもどるわけにもいかず、あきらめるしかなかった。
 その当時、娘の美寿実はまだアメリカにおり、母親の不倫の顚末(てんまつ)など知る由もなかった。ただ父親から、母親が男を作って家を出て行った、とだけ報告を受けていた。
 美寿実は、父親の悪い性癖を知っていたし、母親の行動も無理はないと、冷静に受け止めたようだ。
 榊原が、新しい愛人のもとへ去ったあと、悠子はずっと一人暮らしを、続けていた。
 しかし五年ほど前、稲田が脳梗塞で倒れたと知り、やむなくもとの家へもどって、看病することになった。稲田の両親はとうに死んでおり、ほかにめんどうを見る者がいなかったのだ。
 その稲田も、二年前に亡くなった。
 悠子は、古くなった稲田の家を処分して、借りたままでいたマンションで、また一人暮らしを始めた。
 それからほどなく、ジョン・スタウデンマイアという、年の離れた弁護士と結婚していた美寿実が、アメリカから帰って来た。
 ジョンが交通事故で死に、子供もいなかったので帰国を決めた、ということだった。
 美寿実は、母親のそれまでの生き方を少しもとがめず、二人暮らしを受け入れた。不倫相手の消息はもちろん、素性や名前さえも聞こうとしなかった。
 亡夫のスタウデンマイアは、小説や映画の著作権管理関係の、訴訟事件のベテランだった。そのため、美寿実もある程度、その方面の事情に、明るかった。
 そんなことから、すでに著作権が切れてパブリック・ドメインになった、クラシック映画の佳作を掘り出し、上映するプロジェクトを始めよう、と考えたのだった。
 悠子も、かつての榊原の影響もあって、その考えに賛成した。というより、むしろ積極的に協力する、と言い出した。

プロフィール

逢坂 剛(おうさか・ごう) 1943年東京生まれ。80年「暗殺者グラナダに死す」で第19回オール讀物推理小説新人賞を受賞。86年に刊行した『カディスの赤い星』で第96回直木賞、第40回日本推理作家協会賞、第5回日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。2014年、第17回日本ミステリー文学大賞を受賞。15年『平蔵狩り』で第49回吉川英治文学賞を受賞。「百舌」シリーズ、「御茶ノ水署」シリーズほか著書多数。

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