よみもの・連載

御茶ノ水署シリーズ

地獄への近道

逢坂 剛Gou Ousaka

 マンションには、榊原が逐電するときに残して行った、かなりの数のDVDソフトがあった。ほとんどが日本未公開の、ハリウッドのクラシック映画だった。
 ただし、榊原がネットのオークションなどを通じて、アメリカから取り寄せたものなので、当然ながら字幕がついていない。
 美寿実はもちろん、悠子も英語に堪能だったから、権利関係を調べたり、字幕をつけたりするのは、お手のものだった。
 短期間のうちに、そうしたソフトが何十本も、できあがった。
 稲田の家を売った金が、ほとんど手付かずで残っていたので、神保町に小さなスペースを借りるのも、さしてむずかしくなかった。
 こうして、〈クラシック映画・ミスミ鑑賞館〉がオープンした、という次第だった。
 斉木が、コーヒーを飲んで言う。
「話の筋は、だいたい読めたぞ。上映直前まで、どんな映画をやるか知らせない、というのは母親のアイディアだな。熱烈なファンの、期待感をいやが上にもあおろうという、あざとい手口だ」
 あとを受けて、小百合が続ける。
「そうだと思います。ネットで予約、支払いというシステムを利用すれば、だれが来るかある程度、分かりますしね」
 梢田は、デザートのアイスクリームを、一口食べた。
「すると、飛島悠子は榊原がネットを見て、いつか姿を現わすのではないか、と期待してそのシステムを考えた、というわけか」
 斉木が、したり顔でうなずく。
「たぶんな」
 梢田は、口を挟んだ。
「しかし、榊原は開館早々から常連になって、ほとんど毎回来てたらしいぞ。悠子が、榊原に会いたかったのなら、もっと早くついたての奥から出て来ても、よかったはずだ。どうせ毎回、あの陰に隠れたんだろうし」
「すぐには、顔を合わせられないところが、女心ってやつだろう。まあ、おまえみたいな朴念仁には、一生分からんだろうがな」
 斉木が言い捨てると、小百合が割り込んできた。
「毎回隠れていたかどうかは、分かりませんよ。もっとも、わたしなら最初に榊原がやって来た時点で、飛び出しちゃいますけど」
 梢田は驚いて、小百合の顔を見直した。
「おいおい。本気かよ、巡査部長」
 小百合は、いやな顔をした。
「肩書で呼ぶのは、やめていただけませんか。少なくとも、食事中は」
 斉木が笑う。
「まあ、おまえが巡査部長になるころには、五本松は警部補だ。そしておれは、警部さまという寸法さ」
「おれは、今度の試験で」
 乗り出そうとする梢田を、小百合が引き止めて言う。
「それより、話を続けましょう。わたしは、悠子さんがゆうべに賭けようと決めて、あの『地獄への近道』を出したのだ、と思います」
 梢田は、しぶしぶコーヒーを飲んで、話をもどした。

プロフィール

逢坂 剛(おうさか・ごう) 1943年東京生まれ。80年「暗殺者グラナダに死す」で第19回オール讀物推理小説新人賞を受賞。86年に刊行した『カディスの赤い星』で第96回直木賞、第40回日本推理作家協会賞、第5回日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。2014年、第17回日本ミステリー文学大賞を受賞。15年『平蔵狩り』で第49回吉川英治文学賞を受賞。「百舌」シリーズ、「御茶ノ水署」シリーズほか著書多数。

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